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東京の映画記者は怠慢ではないか

反戦映画からの声

 戦後の日本は戦争への反省からから再出発した。本書『反戦映画からの声』は改めて、そうした時代精神を追い、戦後の映画の歴史をたどり、その意味を問うものだ。

 副題に「あの時代に戻らないために」とある。少なくとも「あの時代を忘れない」ことは大事だろう。

最後の10分間に木下監督は「反戦の意を込めた」

 著者の矢野寛治さんは1948年、大分県生まれ。博報堂を経て、元福岡コピーライターズクラブ理事長。西日本新聞を中心にエッセイやコラム、書評、映画評を連載している。地元福岡でラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもしている。

 本書では、戦前から戦後までに作られた42本の「反戦映画」が紹介されている。有名な戦前作品では1944年制作の「陸軍」がある。監督は木下恵介。陸軍省情報局が企画した映画だ。木下監督はほぼ陸軍省の要求通りに作っている。それがなぜ反戦映画なのか。

 主要な登場人物のひとり、伸太郎が上等兵になり、大陸に出征することになる。伸太郎の母の気持ちの中で、息子は「天子様にお返ししたもの」と「いや、私の子」の葛藤がある。雑踏の人ごみをかき分けて息子を見送る有名なラストのシーン。母と息子の目が合う。息子が微笑み、母は何度もうなずく。「伸太郎は天子様の子ではない。私の子だ」と母の目が言っている。そして息子の背中に手を合わせる。この最後の10分間に木下監督は「反戦の意を込めた」と著者は見る。

第2部は監督、第3部は出演者の紹介

 本書は西日本新聞の夕刊連載をもとにしている。3部構成で第1部は「反戦映画」の作品。第2部は監督。第3部は出演者たち。監督や出演者は顔写真の代わりに、似顔絵(イラスト)が使われている。なかなか味わいがある。

 戦前編ではこのほか、40年の「空の少年兵」や、黒澤明監督の「一番美しく」(44年)も取り上げられている。戦後編は46年の黒澤明「わが青春に悔なし」から2001年の「ホタル」まで。改めて振り返ると、名作が多い。軍や映画会社との確執の中で作られた作品も少なくない。映画人の「良心」と「志」を再確認できる一冊として、手元に置いておきたい本だ。

 海外ではいまだにナチスやヒトラーをテーマにした作品が続いている。最近も「「アイヒマンを追え!」「永遠のジャンゴ」「否定と肯定」などがあった。しかし、日本の映画界では近年、反戦物の出番がない。上映の機会も乏しい。昨年末に日大映画学科の学生が「映画と天皇」を特集上映し、久しぶりに亀井文夫監督の「戦ふ兵隊」や「日本の悲劇」、阿部豊監督の「日本敗れず」などを見る機会があったぐらいだ。「反戦映画」は日本ではもはや葬られつつある。

 九州の西日本新聞連載とはいえ、当然ながら本書のテーマは「全国区」だ。東京の大手紙の映画担当記者が全国版で連載してもおかしくない。いや、すべきテーマだといえる。反戦映画を作れない映画会社だけが退行しているわけではなく、東京の映画記者たちも怠慢ではないかと思ったりもした。

  • 書名 反戦映画からの声
  • サブタイトルあの時代に戻らないために
  • 監修・編集・著者名矢野寛治 著
  • 出版社名弦書房
  • 出版年月日2017年12月19日
  • 定価本体1900円+税
  • 判型・ページ数A5判・220ページ
  • ISBN9784863291621
 

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