受験シーズン。世界史を選択して「しまった」と思っている人がいるかもしれない。何しろ覚えることが多すぎる。本当はおもしろいはずの「世界史」が、バラバラな史実を個別に記憶することに費やされて辟易する。
そんな受験生や、もっと視野を広げたいと思っている社会人にピッタリなのが本書『世界史を「移民」で読み解く』(NHK出版新書)だ。「移民」をキーワードに人類史をダイナミックにまとめている。まるで英国BBCの特別番組を見ているかのようだ。
移民といえば、最近ではトランプ大統領が注目の人だ。メキシコ国境に壁を作ると吠えまくっている。数年前には、アフリカから地中海を渡ってヨーロッパにたどり着く難民たちも大問題になった。これらの「移民」や「難民」には、何となく「少数派」のイメージが付きまとうが、著者の玉木俊明・京都産業大学教授は、人類史は移民によって形作られてきたとみる。
そのはじまりはホモ・エレクトス。アフリカで進化した彼らは200~100万年前にユーラシア大陸に進出した。子孫はいったん絶滅したが、やがて現在の人類の祖先、ホモ・サピエンスが再びアフリカで登場し、2回にわたって「出アフリカ」を決行した。第1回が15~10万年前、第2回が7~5万年前のことだ。彼らが定住先を見つけ、メソポタミア、インダス、黄河などの文明を生み出す。さらに彼らの一部が別の地域に移動し、交流しながら文明が拡大していく。世界史とは、このようなダイナミズムの総体だ。
たとえばインダス文明の産物として知られる鉱石ラピスラズリは、メソポタミアを経由してエジプトに送られ、ツタンカーメンのマスクに使われた。これを輸送したのは、イランあたりを拠点とするエラム人だった。著者は、このエラム人が利用した道は、もともとは「出アフリカ」でホモ・サピエンスが使っていたとみる。この道は後にアケメネス朝ペルシャが整備し、「王の道」とよばれるようになり、さらにマケドニアのアレクサンドロス王が大遠征で使ったそうだ。
このように、何万年も前の人類の祖先の話から、アレクサンドロス大王の史実までを「移動」を手掛かりに、解き明かす。バラバラな歴史がひとまとめになり、頭に入りやすい。
本書は「人類・民族の『大移動』とは何だったか」「世界の『交易』はいかに結びついたか」「ヨーロッパの繁栄は『移民』がもたらしたか」の三部に分かれている。そのなかで「文明はどのように伝播したか」「誰がヨーロッパ文明をつくったか」「異文化間交易圏としてのアジア」「黒人とユダヤ人が起こした『砂糖革命』」「アルメリア人から見た産業革命」など13章にわたって、世界史、文明史がドラマチックに論述されている。
試みに「遊牧民から文明の興亡を考える」という章を紹介しよう。ユーラシア大陸を匈奴やフン人が席巻し、375年にゲルマン民族の大移動が始まったということは、中学生でも知っている。これらはいわば「玉突き」の結果だ。匈奴が西に移動してフン人がさらに西に押し出され、バルト海南部に住んでいたゴート人も西に移る。これがゲルマン民族の大移動だ。その一部、アングロサクソン人はブリテン島へ。つまり「フン人なくしてイギリスなし」と著者は強調する。
ユーラシア大陸の東側はどうだったか。中国は何度も匈奴の侵入を許し、184年の黄巾の乱から618年の唐の建国まで混乱の時代を経験した。この間に、直接間接にそのあおりを受ける形で日本には何度も、大陸や朝鮮半島からの渡来人がやってきた。
イギリスの建国と日本への渡来人は一見、直接の関係がないように見える。だが著者は、「ユーラシア大陸を、遊牧民を主役とした一つの空間と捉えれば、すべてが結びついてくる」と書いている。
このように本書では遠く離れた地域で起きたことや、歴史をまたがって繰り返される出来事について、大局的な見方を提案する。このあたり、本欄で最近紹介した、『地図でみるアイヌの歴史』(明石書店)や『戦国日本と大航海時代―― 秀吉・家康・政宗の外交戦略』(中央公論新社)と重なる部分がある。前者は日本との関係よりも、元、清、帝政ロシアとの関わりでアイヌ史を見直し、後者は、「大航海時代」という枠組みの中で、秀吉の「朝鮮出兵」を再考する。後者は先日、和辻哲郎賞を受賞した。
本書の終章では最近の難民問題について説明されている。「世界史のなかのヨーロッパ移民問題」。2014年以降、ヨーロッパに押し寄せる難民は180万人以上。世界的な大問題になっている。とりわけシリア難民が有名だ。人口2200万人のうち500万人が難民化しているとも言われる。
日本人はこうした難民問題を、たった今の問題としてしか認識しにくいが、著者によればすべてに歴史がある。ヨーロッパの帝国主義が、それぞれの国を支配してきたという歴史だ。
たとえばシリアは1920年からフランスの委託統治領になっていた。フランスはシリアの多数派のスンナ派を抑えるため、シーア派やキリスト教徒の対立を利用し、宗教対立から内戦が生まれるという構造をつくった。それが現在の泥沼化するシリア情勢の淵源であり、歴史という視点から見たとき、現在と帝国主義の時代はいまだ明確につながっている、と指摘している。
関連で本欄では『移民国家アメリカの歴史』(岩波書店)、『家(チベ)の歴史を書く』(筑摩書房)、『移民たちの「満州」』(平凡社)、『外国人の受入れと日本社会』(日本加除出版)、『マッドジャーマンズ』(花伝社)、『本音化するヨーロッパ』(幻冬舎)なども紹介している。
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