NHK大河ドラマの「いだてん」がイマイチ盛り上がらないらしい。大河ドラマはやはり歴史ものということなのか。とはいえ歴史ものも同工異曲、もう見飽きた人も少なくないだろう。新機軸はないか。
悩めるNHKスタッフにお薦めしたいのが本書『戦国日本と大航海時代―― 秀吉・家康・政宗の外交戦略』(中央公論新社)だ。著者は平川新・宮城学院女子大学学長。
タイトルだけ見ると、ちょっと分かりづらいが、「帯」の方がストレートだ。「日本はなぜ『世界最強』スペインの植民地にならなかったのか」。
信長、秀吉、家康が天下人たらんと国内でしのぎを削っていた戦国時代。世界に目を転じると、スペイン、ポルトガル、イギリス、オランダなどの列強が国外に版図を広げようとして、あちこちでぶつかっていた。この時期に来日した宣教師や国際的な商人たちは、日本事情を本国に送りながら、日本との関係をどうするか、本国と思案を続けていた。中でも当時、世界的に圧倒的なパワーを持っていたのがスペインだった。
本書でも触れられているが、バスコ・ダ・ガマやマゼランによって新航路を切り開いたスペインとポルトガルは15世紀末から16世紀前半にかけて条約を結び、世界支配を両国で二分することに合意していた。日本はちょうどその境界線にあった。したがって16世紀半ばになると、両国の宣教師が入れ替わり立ち代わり来日する。
両国は中南米を分け合い、フィリピンはすでにスペインが獲得していた。ポルトガルはマカオに足場を築いていた。スペインはフランシスコ会、ポルトガルはイエズス会。布教と言えば聞こえがいいが、植民地工作の先兵という色合いもあった。
19世紀が「帝国主義」の時代と言われるが、本書を読むと、16世紀は「前期・帝国主義の時代」とも言うべき様相を強めていたことがよくわかる。「大航海時代」などというのは、実態を隠した都合のいい命名かもしれない。
西欧では当時カトリックとプロテスタントが対立していた。宗教改革でプロテスタントが攻勢をかけていた。したがって押され気味だったカトリックのスペイン、ポルトガルは海外に「新天地」を求める必要があった。大航海時代とは、言い方を替えれば、スペイン、ポルトガルによる植民地開拓の時代の幕開けでもあった。
同じくカトリックといっても、スペインとポルトガルでは会派が異なり、せめぎ合う部分もあった。加えてプロテスタントや非カトリックのオランダ、イギリスも少し遅れて海外開拓に参入してきた。それぞれの国が威信と野望を胸にアフリカ、中南米、アジアへと我先に進出を図る。1543年とされる鉄砲到来、49年のザビエル来日は、そうした国際的な激動の波が、ついに極東の日本にも到達した歴史的な瞬間だったといえる。
スペインとポルトガルは、日本での主導権を得ようと互いに駆け引きを続ける。さらにそこにオランダやイギリスの東インド会社の商人たちが加わる。後発の彼らは、スペイン、ポルトガルの宣教師たちが秘める領土的な野心を天下人に告げ口し、自分たちが興味があるのは日本との貿易だけ、といって取り入ろうとする。1600年に来日し、家康の外交顧問になったウィリアム・アダムス(三浦按針)もその流れの人物だろう。
最終的にスペイン、ポルトガルを放逐し、長崎で生き残ったのがオランダ。幕末に産業革命の最新成果をもとに大活躍したのがイギリス、というのが大ざっぱに見た世界史と日本史の関わりということになりそうだ。
戦国時代の多様な対外関係の中で、著者は秀吉の朝鮮出兵に注目した。国内を統一して調子に乗った秀吉が、ほとんど誇大妄想にとらわれて無理な戦争に踏み込んだ、というのがこれまでの通説だったが、著者はまったく違う角度から分析する。
秀吉は朝鮮出兵の前後に、スペインのフィリピン総督に対して服属要求の書簡を送っている。また、インド・ゴアのポルトガル副王に対してもキリスト教禁止を通知している。さらに両者に対して「明国征服」の野望も伝えている。著者はこれらから「次はお前たちだ!」という秀吉による脅しのニュアンスを感じ取る。
つまり、秀吉の朝鮮出兵は「ポルトガルやスペインによる世界征服事業への対応のあらわれだった」と見る。なかなかダイナミックな視点だ。スペインはこうした秀吉の態度や、日本の軍事力、厳しい禁教政策に恐れをなして「植民地化」を諦めたというわけだ。
もう一つ、長く仙台で教鞭をとってきた著者がこだわっているのが伊達政宗だ。1613年に支倉常長をトップにした慶長遣欧使節を送り、太平洋・メキシコルートでスペインとの独自貿易の道を模索した。政宗はキリスト教を受容して貿易を振興するつもりだった。一方、当時の天下人、家康は禁教のスタンスだったが、政宗と大坂に残る豊臣勢力との連携を懸念し、使節団の出発にはゴーサインを出していた。
ところが、14年から15年にかけて大坂の陣が起きる。そして豊臣が滅ぼされ、家康が完全に日本を手中に収める。すなわち20年に遣欧使節の帰国したときは、国内情勢が一変していた。そのことを察知した政宗は独自貿易の矛を収める。このあたりの駆け引きは本書で最もおもしろいところだ。
以上のように本書は学術書だが、先行書をもとに生々しいエピソードも多数登場する。誰かが脚本を書けば、すぐにでも大河ドラマになるのではと思った。
本欄では『信長はなぜ葬られたのか――世界史の中の本能寺の変』(幻冬舎)、『図説 明智光秀』(戎光祥出版)などで戦国時代の権力闘争を、『戦乱と民衆』(講談社)、『飢餓と戦争の戦国を行く』(吉川弘文館)などで、戦国時代の国内の戦争の残虐さや、それに驚いたイエズス会の本国への報告なども紹介している。後者はドラマでは難しいかもしれない。
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