3月になると、満州国を思い出す。1932年3月1日に建国されたからだ。いくつもの悲劇が繰り広げられたが、その最たるものが満蒙開拓団だ。おおよそ27万人が送り込まれ8万人が死亡したと言われ、多数の残留孤児を生んだ。
本書『移民たちの「満州」』(平凡社)は今や歴史のかなたに忘れられつつある満州への移民について、京都新聞記者の二松啓紀さんが、新聞連載を大幅に改めて書き下ろしたものだ。
1969年生まれの二松さんは、祖父が33歳で沖縄戦で戦死するなど、戦争とは身近なかかわりがある。さらに中国残留日本人女性との出会いを機に、2003年から満蒙開拓団やシベリア抑留などをテーマに取材活動を続けている。すでに05年に『裂かれた大地―京都満州開拓民』(京都新聞出版センター)を出版している。この分野の専門記者といえる。
本書は改めて満州移民の歴史と実像をたどったものだ。読んでいて認識を改めさせられた個所があった。開拓団は、ゼロから不毛の荒野を切り開き、悪条件と闘いながら開墾したと思っていたら、必ずしもそうではないというのだ。もちろん、そういう人もいたのだろうが、実態は「農業経営者」だというのである。
どういうことかというと、開拓団員が移住した場所は、日本の傀儡国家となった満州国。もともと満州人や朝鮮人が開墾して耕していた既耕地があった。そこを国策会社「満州拓殖公社」が合法的に安い値段で買収、彼らを追い出し、日本人入植者の土地として配分していたというのだ。なんとも凄い話である。
開拓団の苦労と成功の物語は、1939年に発表された和田伝の小説『大日向村』を通して全国に広まった。満州に移住した長野県大日向村の人々が主人公だ。村を二つに割り、移民を送り出した母村は一戸当たりの耕地が増え、大陸に建設した分村では貧農が大農家になる。「大日向村に続け」とばかりに、全国の自治体が積極的に移民に取り組むことになった。
しかし当時すでに、懐疑的な報告も出ていた。作家の島木健作は100日間にわたって満州各地を旅して40年4月、『満州紀行』を発表する。その中で島木は、日本人村と言っても現地の「満人」を使わない村は一つとしてなく、彼らは「苦力(クーリー)」と呼ばれ、村には必ず「苦力小屋」があることなどを報告した。「満州の農民の労働力に依存すること、実に大なるものがある、という事実を、人は認めねばならぬ」と。しかも元の住民だった彼らは「日本開拓民が入ってきたために、早晩この地を去らねばならぬ運命にある」と。
島木は満州大日向村も訪問している。300戸ほどの村を建設中だった。人々は満人の立ち退いた家に住んでいる。元の住民はどこに行ったのかと聞くと、村の案内役が答えた。「今年は鮮人、満人250戸ほどが立ち退きました。以前の村長(満人)は今団に雇われ、団と在来民との間の交渉に立っています」。
土地を取り上げられた側の一部は、「匪賊」化して、開拓農民にとって手ごわい敵となる。実際、開拓民の村は陸の孤島であり、周囲に高い壁を張り巡らして、出入り口には銃を構えた門番が待機することが多かった。先遣隊が現地入りして最初に手にするのは農薬や農機具ではなく武器だったと二松さんは記す。
開拓団は、満州国ができてすぐに大々的にスタートしたわけではない。当初の数年間は少数の「試験移民」にとどまっていた。ところが1936年の2.26事件で状況が一変する。満州移民に否定的で、長年、財政支出を渋っていた高橋是清蔵相が暗殺されたからだ。事件後に登場した広田弘毅内閣で移民が加速し、100万戸、500万人の入植が目標となる。各県ごとにノルマが割り当てられ、自治体の担当者が移民募集で奔走する。
のちに作家として有名になる水上勉は当時、京都府の若き職業課課員として、満蒙開拓青少年義勇軍の募集を担当していた。村々を回り、「満蒙開拓村のあけぼの」などの映画を野外上映し、父兄から志願の子を勧誘する。「十何人かの義勇隊が...満州に送られて、そのまま不帰の人となった」(水上勉著『続日本紀行』)。同じく京都府の天田郡からの開拓団団長は「満蒙開拓とは開墾ではなく、中国人を使った農業経営」と報告している。そういう認識が共有されていたことをうかがわせる。
本書が刊行された2015年は、満州関係の本の出版が目立った。「戦後70年、「満州」関連書籍、次々出版される」とJ-CASTでも紹介した。開高健ノンフィクション賞を受賞した『五色の虹――満州建国大学卒業生たちの戦後』なども出版された。日本語と中国語で残留孤児だった自らの体験記『この生あるは』を自費出版した中島幼八さんは、この5月4日から7日まで、東京・三軒茶屋の「三茶しゃれなあど」で「七人の親を持ち二つの国を生き抜く残留孤児――足跡展」を開催する。満州国や満蒙開拓団の歴史と実像を記録する作業は、今もしぶとく続けられている。
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