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お正月に「うどん」を食べる県はどこ?

歴史としての戦後史学

 歴史学者の網野義彦さん(1928~2004)はとっくに亡くなったはずなのに、なぜ新刊が出ているのか? 不思議に思って本書『歴史としての戦後史学―― ある歴史家の証言』 (角川ソフィア文庫) を手に取ってみると、出版の経緯が書いてあった。

 原本は2000年に日本エディタースクールから刊行された。没後の07年に「ある歴史家の証言」という副題がつけられ、一部の章を入れ替えたり、付加したりして洋泉社MC新書から再販された。さらに09年には岩波書店の『網野善彦著作集 第十八巻』にも収められた。今回は、洋泉社版を底本とした復刊だということがわかった。

歴史学の常識や枠組みを揺さぶる

 網野さんは『無縁・公界・楽』、『異形の王権』など多数の先鋭的な著作で歴史学にセンセーションを巻き起こした人として余りにも有名だ。多数の共著もあり、1980~90年代は人気学者として出版各社で引っ張りだこ。歴史学が社会史や民俗学に接近し、全集やシリーズ、週刊百科などが盛んに出版された当時の歴史ブームをけん引した。一般向けにも『日本の歴史をよみなおす』など、わかりやすいロングセラーがある。

 網野史学の魅力は、それまでの歴史学の常識や枠組みを、全体として大きく揺さぶったところにある、といえるだろう。本書の「解説」でも、清水克行・明治大学教授は、歴史の本流から切り捨てられてきた漂泊の民に着目したことや、民俗学的な事象を歴史叙述に効果的に織り込んだことなどを挙げている。さらにそれらを踏まえつつ、「忘れてならないのは、網野の描く歴史がいずれも網野個人の境遇や体験、彼の等身大の疑問や悩みから出発しているという点ではないだろうか」と清水さんは強調する。

 その意味では、網野さん自身が、自らの学問形成に至る紆余曲折を回想した本書は、まさに網野史学の原点を探るものといえる。

山梨出身だが東京育ち

 本書の書き出しは「敗戦の年、私は十七歳であり、徴兵検査を受けることもなかった」という一文から始まる。なんとなくポール・ニザンの『アデン・アラビア』の冒頭、「ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい」(晶文社、篠田浩一郎訳)を思い出す。空襲警報で逃げまどい、動員されて工場で働く戦時下の日々がとつぜん終わった。「それ故、多少とも自分自身を意識しはじめるのは戦後のことであった」と書いている。

 網野さんは山梨県の旧家の出身。文化人類学者の中沢新一さんと親戚だということはよく知られている。てっきり、山梨で育ったのかと思いきや、そうではなかったことを本書で知った。生まれて間もないころ、父親が東京で事業をやることになり、一家そろって上京したのだという。ところが父親は肺結核になって療養のため各地を転々、母親も付いて回って留守がちになり、網野さんは祖母に育てられた。

 祖母は、東京でも山梨での暮らしぶりを厳格に守っていた。家では皆が甲州方言。正月には餅ではなく、うどんを食べていた。したがって網野さんは、正月には餅を食べるということを、子どものころは知らなかったそうだ。同じ日本なのに地域によって正月の風習が異なる。このあたり、なんとなく「民俗学」のにおいがする。

自伝でも細部にこだわる

 高校は旧制の東京高校。秀才が集まっていた。同級生には、のちに日本テレビの社長になった氏家齊一郎氏らがいる。一学年上には読売新聞の渡辺恒雄主筆などもいた。終戦直後には学校で、戦犯教師を追放する運動が起きたそうだ。網野さんも多少かかわったが、運動家ではなかった。「氏家や渡辺恒雄は早くからやっていましたが、僕はあの二人よりずっと遅い」と振り返っている。

 氏家氏や渡辺氏がいったん共産党に関わったものの、さっさと見切りをつけてマスコミの世界の頂点に上り詰めたのに対し、網野さんは、かなりの回り道をして独自の歴史像を構築する。本書では当然ながら、その間の苦悩や挫折、専門的な話に多くのページが割かれているが、門外漢としては、上記の「うどん」や「東京高校」のようなちょっとした脇道の話に興味をひかれた。歴史の細部にこだわった網野さんは、自伝的著作とされる本書でも細部に楽しみを残してくれていたようだ。

 本欄では関連で『陰謀の日本中世史』 (角川新書)、『蒙古襲来と神風』(中公新書)なども紹介している。

  • 書名 歴史としての戦後史学
  • サブタイトルある歴史家の証言
  • 監修・編集・著者名網野善彦 著
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2018年9月22日
  • 定価本体1080円+税
  • 判型・ページ数文庫判・368ページ
  • ISBN9784044003999
 

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