ひとくちに「在日韓国人」と言っても、戦前に日本に移住してきた人々とその子孫、戦後すぐに移住してきた人々、1980年代後半から90年代初頭の出入国管理及び難民認定法の改正以後に入国・定住した人々とさまざまだという。本書『家(チベ)の歴史を書く』(筑摩書房)を読むと、韓国・済州島と大阪との間を行ったり来たりしていた一家の歴史が浮かび上がる。
著者の朴沙羅さんは、神戸大学大学院国際文化学研究科講師の社会学者。『外国人をつくりだす――戦後日本における「密航」と入国管理制度の運用』などの著書がある。朴さんの父は在日コリアンの二世で、母は日本人。在日一世の伯父と伯母が9人いて、ほぼ全員が大阪に住んでいるという。
1922年から45年の日本統治時代は、君が代丸という定期船が済州島と大阪を結んでおり、多くの人が関西に移住していた。戦前、済州島から大阪に渡り、敗戦後、済州島に戻ったものの、多くの人が虐殺された四・三事件と呼ばれる政治テロなどを理由に、親族の大半はふたたび日本に渡ってきたようだ。
ある伯父は「噂でどこそこにどういう船があるいうことがわかるわな。それで申し込むわけや。頼むんや、乗せてくれって」。大阪で闇米を運ぶ仕事をしていた時、警察につかまった。戦前、済州島で教師をしていたので、「『日本人になれ』と教えたことから民族反逆者となって追われる身で日本に来たんや」と言って放免されたと答えた。しかし、著者は嘘であり、実際は南朝鮮労働党員としてストライキを指導し、故郷にいられなくなって密航したと考えている。
また別の伯父は「村の人らみんな集められてん。ほんで、機関銃ばーって並べてんのが見えて、お前ら山(ゲリラ戦を行っている島民たち)とつながっているやろいうことで、ほんで、まあ言うたら、この村みんな殺してしまえいうことやってん」と証言する。すんでのところで命拾いしたという。
本書では4人の親族がなぜ、日本にやってきたのか、どうやってやってきたのか、その後どうしていたのか、という質問に答えている。さらに著者が歴史的な背景などを地の文で説明する構成となっている。
著者は最初、親族にインタビューすればレポート、論文が書けると思っていた、と正直に述懐する。しかし、長くインタビューはお蔵入りした。最初の章、「生活史を書く」にこの間の苦闘が書かれている。学問的な正しさとは何か。先日紹介した上野千鶴子氏の『情報生産者になる』(ちくま新書)でも論文を書くまでのプロセスが詳述されているが、単に話を聞くだけでは論文にはならない。
本書は論文ではないが、近現代史の中に位置づけられた一家の歴史の叙述として、読み応えがある。
同じように韓国から日本に密航し、ウソの名前、経歴で生きてきた父の半生をフィクションとして描いた深沢潮さんの小説『海を抱いて月に眠る』(文藝春秋)を本欄は紹介している。小さな漁船で対馬海峡を渡る場面が出てくる。命がけの感動的なシーンとして覚えていたが、それは実際のことだったようである。
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