「ぶ厚い」。本書『証し』(KADOKAWA)を手に取れば、まずはそう思うだろう。1094ページの大著である。しかも、北海道から沖縄、五島、奄美、小笠原まで、全国のキリスト教会を訪ね、135人に「なぜ、神を信じるのか」を聞いたノンフィクションと知ると、気が重くなるかもしれない。
だが、想像以上にリーダブルな本だった。ベストセラーとなった『絶対音感』(1998年)の著者、最相葉月さんの行き届いた取材と端正な筆さばきによって、戦後日本に生きた庶民の諸相が見事に浮き上がったからである。
キリスト教という限定付きではあるが、日頃、信仰について語ることがほとんどない日本人の宗教観がほの見えた労作である。
日本のキリスト者は、191万5294人(『宗教年鑑』、令和3年版)、日本の総人口が約1億2622万人だから、人口の約1.5%にあたり、マイノリティーといった存在だ。
教派を超えて、教会の聖職者と一般信徒から話を聞いた。以下の構成からわかるように、考え得る論点をほぼ網羅している。
1章 私は罪を犯しました 回心 2章 人間ではよりどころになりません 洗礼 3章 神様より親が怖かった 家族 4章 お望みなら杯を飲みましょう 献身 5章 神を伝える 開拓 6章 自分の意志より神の計画 奉仕 7章 教会という社会に生きる 社会 8章 神はなぜ私を造ったのか 差別 9章 政治と侵攻 政治 10章 そこに神はいたか 戦争 11章 神はなぜ奪うのか 運命 12章 それでも赦さなければならないのか 赦し 13章 真理を求めて 真理 14章 これが天の援軍か 復活 終章 コロナ下の教会、そして戦争 現在
実名、生年、肩書、居住地を明かしたインタビューが章ごとに、いくつか並んでいる。興味のあるものをランダムに読んでもいいだろう。通読するには相当な時間が必要だ。
冒頭に出てくる、1935年生まれの救世軍引退士官の女性の語りに、いきなり引きずり込まれた。瀬戸内海の小島で生まれ、10歳のときに不注意で6歳の弟を海で亡くした。それを自分の罪だとずっと苦しんでいた。そしてキリスト教をラジオ番組で知り、共感した。 1956年、親戚を訪ね大阪に出て、たまたま救世軍に出合い、信者になった。西成にある女性の更生保護施設で働いた。近くにある飛田遊郭で働く女性のために、単身遊郭に乗り込んだことも。ドスで脅されたこともあるという。 夫婦で全国を回った。活動の中心はラッパを吹きながら募金活動をする社会鍋だ。57年間の奉仕をまっとうして、2014年に79歳で完全に引退した。
「十字架を背負うつもりの私に、おまえのせいじゃないと母はいいました。でも、それは無理でした」
信仰のきっかけをそれぞれ語っている。事故、災害、貧困、戦争......それだけではない。家族代々、キリスト教という人も少なくないようだ。
「自分は噓つきだから地獄行きだと思っていました。天国に行けるという確信が欲しかったんです」という北海道の女性は、信仰の喜びを語るとともに、教会運営に携わり、多額の借金を背負ったことも打ち明けている。「一般的に、キリスト教を信じる人って、いい人だというイメージがありますよね。でも実際にはギャップがある。私自身がそうです」。
神についても率直に思うところを述べているのが印象的だ。岩手県に引っ越してすぐに東日本大震災で被災した男性は、「ぼくは神の存在はわからない。こんなこといったら怒られちゃうけど」と言い、1928年生まれの神奈川県在住の女性は、「神様なんかいないと思ったことはないですよ。戦争中だってそうですよ。だって、人間がやっていることだからね」と言い切る。
日本ではマイナーな存在のキリスト教だが、信者はますます減少傾向にある。民間企業の技術者から8年前に福岡県のバプテスト教会の牧師になった70歳の男性は、「石炭産業が沈下してから人口が減り、少子高齢化で教会からも人がいなくなっています。キリスト教自体に魅力がなくなってきていると感じています」と訴えている。
「私たち人間はすべて罪を背負って生まれてきた罪深い存在だといいます。原罪といいますが、みなさん、これをキリスト教だと勘違いしていますね。聖書を読むとそんなことは書いていません」
スーパーのサラリーマンから正教会の司祭になった男性は、そう正教会独特の宗教観を語り、新鮮に思えた。「無神論者だった方のほうが、一度信仰をもつと強いです」とも。
通して読むと、日本のキリスト教の置かれた厳しい現状が伝わってくる。いろいろなキリスト者が日本にはおり、さまざまな信仰をしていることがわかる。
キリスト教について論じた本ではない。135人のインタビューが、ごろりと置かれたものである。そのことがかえって、カタログ的なガイドブック的な使い道を本書に用意していると思った。日々手元に置いて読み続けたい1冊になりそうである。
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