「結婚して初めての彼は、10歳下の舞台俳優でした」――。帯を1度さらっと見てから、2度見した。「結婚して初めての彼」......そういうことか。
石田衣良さんの『禁猟区』(集英社)は、妻であり母である主人公が「お茶会」という名の「狩り場」におもむき、出会ってしまった彼との恋と、恋をした代償を描く恋愛小説。
石田さんにとって久々の「直球の恋愛小説」。「不倫や浮気が道徳的に完全なバツ」の時代だからこそ、「逆に書いてみたいな」と思ったという。
34歳、ライターの文美子。夫との関係は冷え切り、娘はかわいいが保育園で問題行動を起こしていた。ある日、文美子はママ友から、女性がお金を出して若い男性を「狩る」という「お茶会」に誘われる。乗り気でなかった文美子だが、そこで舞台俳優の夏生(なつき)と出会い――。
夫とのセックスは月に2回。喜びもときめきもなく、6分間で終了する。「身体の奥の遠いどこかに快楽は隠れている」「わたしの命は、いつになったらほんとうに燃えるのだろうか」と、文美子は虚しさを感じていた。
「仕事はそこそこうまくいっている。英美莉はかわいいし、今の住まいには満足している。夫のことも嫌いではない。ただ恋する気もちとセックスだけが、まるで宇宙空間のように空っぽの真空状態だった。(中略)誰かを好きになる心がないと、心が全部死んでしまう」
そんなある日、文美子は保育園のママ友とカフェに行く。学生時代のボーイフレンドと最近また復活した瀬里(せり)と、夫とのセックスレスに悩む晶子(あきこ)。3人の間には秘密もタブーもない。
そこで瀬里が「お茶会」の話をはじめた。若い俳優やモデルの男が呼ばれ、30歳以上の大人の女と楽しく過ごす場だという。「ちいさな世界でずっとダンナの文句なんかいってても始まらないよ」と、文美子たちを誘う。
若いイケメンたちとの優雅な午後のお茶会......。危険な匂いを感じつつ、取材になるからと、文美子も参加することにした。
「お茶会」当日。瀬里は22歳のモデルと、晶子は21歳のダンサーと意気投合した。文美子は婚外恋愛を求めて参加したわけではなかったが、24歳の舞台俳優と目が合い、ひと目で通じた気がした。
彼は夏生といった。この場にミスマッチで困惑しているところが、自分と同じだと思った。「この先になにが起こるのだろう。たぶん十中八九はなにも起こらないに違いないけれど」――。頭は冷静でも、心はどうにもならない。文美子は夏生に惹かれはじめていた。
「ここは若く美しい獣がたくさんいる狩り場なのかもしれないが、文美子は甘い気分を殺していた。ひとりだけの禁猟区だ」
文美子はそれから、夏生のことを意識して思い出さないようにしていた。しかし、ふたりは再会する。そして、互いの思いが堰を切ったように溢れ出す。
人妻が10歳下の恋人と逢瀬を重ねるだけでも事件なのだが、夫の愛人の来訪、半グレからの脅迫、変貌していくママ友......と問題が立て続けに発生する。どれもこれも行くところまで行ってしまい、一体全体どうなるのかと心拍数が上がってくる。
後先を考えなければ、文美子と夏生のデートシーンは幸せの絶頂そのもの。読みながら、こちらも束の間の夢を見させてもらった。しかし、終盤、文美子は手で顔を覆い、すこしだけ泣きながら、こう思う。
「それが夏生のためか、壊れようとしている結婚生活のためか、絶体絶命の窮地に陥った自分のためか、よくわからなかった。心はしびれて、ずたずただった。これが結婚して、娘がひとりいる人妻が、若い男に恋をした代償なのだろうか」
表面上はそれなりに満たされているのに、根っこのところでなにかが大きく欠落している感じは、わかる気がする。自分と近い境遇の登場人物が、現実にはできそうもないことをしてしまう小説ほどのめり込めると、つくづく思う。
実際に本書を読んで、デートや代償の中身にドキドキハラハラしてほしい。
石田衣良さんのインタビューはこちら。
■石田衣良さんプロフィール
1960年東京都生まれ。97年「池袋ウエストゲートパーク」で第36回オール讀物推理小説新人賞を受賞し作家デビュー。2003年『4TEEN フォーティーン』で第129回直木賞を受賞。06年『眠れぬ真珠』で第13回島清恋愛文学賞、13年『北斗 ある殺人者の回心』で第8回中央公論文芸賞を受賞。『娼年』『スローグッドバイ』『美丘』『オネスティ』など著書多数。
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