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不倫も殺人も起きない、「普通の主婦」の暮らしを小説に――『財布は踊る』原田ひ香さんインタビュー

財布は踊る

 『三千円の使い方』『彼女の家計簿』など、お金にまつわる作品を多く手掛けてきた原田ひ香さん。そこに描かれているのは、家族の関わりや女性の生き方を見つめ直し、希望を見出す物語だ。最新作の『財布は踊る』では、節約生活を送る専業主婦や奨学金返済に苦しむ非正規社員の女性、貧困家庭で育った若者らが登場する。コロナ禍で生活に困窮する人々の状況がいっそう深刻になるなかで、原田さんがこの作品を通して伝えたかったこととは――。

(取材・文 歌代幸子/ノンフィクションライター)

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原田ひ香さん

財布から浮かび上がる人間模様

――専業主婦のみづほは地道な節約の末に憧れの「ルイ・ヴィトンの財布」を手に入れます。そこから物語が動き出し、その財布は「お金」に翻弄されている人たちの手に渡っていく。まずは着想のきっかけからお伺いできますか?

原田 前作の『三千円の使い方』は、基本は家族小説で、そこに貯金や節約などお金の話が絡むという物語でした。今回は「お金」を軸にお財布というモチーフを使い、それが人の手に渡っていくことでいろいろな出来事が起きる小説を書いてみたかったのです。
 そもそもお財布自体も「お金」にまつわる話で何かと注目されますよね。お金を貯めるには長財布がいいとか、お財布の値段の200倍が年収になるとか。だから、お財布だけでも話題が尽きないだろうなと思ったのです。 今回の作品では、お財布が人の手に渡っていく中で浮かびあがる人間模様を描きました。みづほにとっては高価なお財布なので、こつこつお金を貯めて海外まで行って買うのですが、家計の事情からメルカリで売ることになります。それを安く買ったのは大学中退でバイト生活を送る若者で、彼もまたお金持ちになりたい、自分を立派に見せたいという虚栄心から手に入れたことがわかる。それが友人に盗まれてしまい......と、お財布の手に入れ方によっても、それぞれ人間性があらわれます。
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原田さんの最新刊『財布は踊る』(新潮社)

――登場人物たちが向き合う「お金」にまつわる問題も、リアルで多様なテーマが描かれていますね。クレジットカードのリボ払い、インターネットなどを介して売買される情報商材、株の信用取引、奨学金の返済など、昨今はいずれもお金の使い方としてかなり問題になっています。

原田 私としてはそうした問題を追及するというより、読者の皆さんにちょこっと頭の片隅に置いてもらえたらいいかなというくらいの気持ちで書いています。「リボ払いって、けっこう怖いからやめておこう」という気づきになればとか、情報商材などに勧誘される若い人たちには引っかからないでほしいとか。日々の生活の中でちょっとでも注意喚起になればいいかなと思っています。

――『三千円の使い方』にも、女性社員のリストラや奨学金の返済などが出てきますが、今回の作品では貧困の問題がより深刻になっています。コロナ禍の影響もありましたか?

原田 書き始めたのはコロナ禍に入ったときで、あの頃はもう数か月で終わるかもしれないと思っていました。ところが、どんどん状況が悪化する中では取材もなかなかできません。だから、ツイッターやテレビの報道番組は欠かさず見て、貧困関係の本もたくさん読みました。もともと女性や老人の貧困をテーマにしたノンフィクションには関心があって、コロナ禍ではSNS上でよりリアルな状況を知ることになります。とにかく片っ端からコピーしておいて、後でそれが本当のことなのかを徹底的に調べました。

普通の家族の暮らしにもさまざまな幸せの形がある

――お金に翻弄される男性の話として、株式投資のことなども具体的に書かれていますが、原田さんご自身も資産運用への関心があったのですか?

原田 20代のOL時代に証券会社に貯金を預け、投資信託を始めました。当時は丸の内の会社に勤めていたのですが、その証券会社がいきなり潰れたというニュースを聞いたときは、もう青天の霹靂でした。上司に頼んで仕事中にその会社を見に行ったら、シャッターが途中まで降りていて。下からのぞいて「誰かいますか!」と呼びかけてもシーンとしていたので、しおしおと帰りました。
 結婚後は夫の北海道転勤で仕事を辞めることになり、専業主婦になれば自分の収入もありません。その後、すばる文学賞をいただいたのは36歳のとき。賞金などをちょっとずつ投資信託に積んでいたところ、2008年にはリーマンショックで株価がめちゃめちゃ下がってしまい......。だから、私の投資人生はずっとマイナスの状態でした(笑)
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――節約をテーマにした生活情報誌もよく読まれているそうですね。

原田 小説家になってから、たまたま美容院で渡されて読んだのが節約雑誌でした。日本経済もますます厳しかった時期で、夫の年収が200万円ほどの方たちが誌面に登場して節約術を紹介されていたのです。例えば、小さなお子さんがいる3人家族では、食費は2万円くらいでやりくりしていると。胸肉やモヤシなど安い食材を使いこなし、月2、3万円は貯金にまわす。家計の明細も、家賃はいくら、夫の小遣いはいくら、などとこと細かに書かれていて、ものすごくびっくりしたんです。「目標貯金額は100万円、この子が大学に入るまでに......」とか、コメントを見て「すごいな!」と感動。これは小説のテーマになるなと思い、自分の中でずっと温めてきました。

――どんな小説を書きたいと思われたのですか?

原田 幸せな普通の主婦を描きたいという思いがありました。でも、不倫だとか殺人だとか、何か事件が起こらないと普通の主婦って小説には登場させにくい。そこに「お金」という要素を入れることで、「書ける!」と思ったのです。
 節約雑誌に出ている方たちは、年収は少なくてもその中で努力して生活を楽しんでいる様子が伝わってきます。ちゃんと栄養バランスを考えた料理をつくり、お家もさっぱりと片付いている。皆さん、若くて綺麗で、お子さんも可愛らしく、旦那さんもちょっとイケメンで(笑)。私が書きたかったのは、普通の家族の暮らしにもさまざまな幸せの形があるということでした。

お金との付き合い方を考えるきっかけに

――原田さんが今回の作品でいちばん伝えたかったことは何ですか?

原田 物語の展開を楽しんでいただきたいというのが一番ですが、この作品がお金との付き合い方を考えるきっかけになれば嬉しいです。お金にあまりにも振りまわされるのはバカらしいし、かといって上手な付き合い方を知らないまま何となく使ってしまうのもつまらない。むしろ、お金の問題は知っているけれど、今はこういう風に使いたいとか、意識的に浪費することはいいと思うのです。漠然と不安だけ抱えているよりは、多少知ったうえで納得して、自分なりに選択してほしいなという気持ちがありました。

――登場する人たちは、お金の問題と向き合うなかで自分の生き方も問い直していきます。最後にお財布がどこへたどり着くのかと気になりますが、ラストシーンでは希望を感じました。

原田 今回の作品では、それぞれが成長して終わらせたいとすごく思っていたんです。人生の底すれすれのところまで行った人たちも何とか立ち直り、自分の納得のいくところで幸せになってほしいなと。そんな願いを込めて、この本を書きあげました。
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■原田ひ香さんプロフィール
はらだ ひか●1970(昭和45)年、神奈川県生れ。2005(平成17)年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。2007年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。著書に『三千円の使いかた』『そのマンション、終の住処でいいですか?』『古本食堂』『一橋桐子(76)の犯罪日記』『ランチ酒』『事故物件、いかがですか? 東京ロンダリング』『人生オークション』『母親ウエスタン』『彼女の家計簿』『ミチルさん、今日も上機嫌』『三人屋』『ラジオ・ガガガ』などがある。


※取材協力:新潮社


 
  • 書名 財布は踊る
  • 監修・編集・著者名原田 ひ香 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2022年7月27日
  • 定価1,540 円 (税込)
  • 判型・ページ数四六変型判・288ページ
  • ISBN9784103525127

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