コンピュータが人々の生活に浸透して、世の中は便利になった。しかし、その一方で、なんだかコンピュータに支配されているような気配も強まっている。
本書『アルゴリズムの時代――機械が決定する世界をどう生きるか』(文藝春秋)は、21世紀に生きる私たちが抱くもやもや感を「アルゴリズム」を手掛かりに分析する。
広辞苑によれば、「アルゴリズム」とは、「問題を解決する定型的な手法・技法。コンピュータなどで、演算手続きを指示する規則」のことだ。日本大百科全書では「定められた手続に従って計算していけばいつかは答えが得られ、それが正解であることが保証されている手続である」という説明もされている。
本書は、アルゴリズムとは「コンピュータとインターネットの時代の歯車」であり、「表には見えない無数のコードの連なり」と規定する。
「橋やビルや工場のように、暮らしに欠かせないインフラ」であり、「個人の好みを学習し、次に何を観て、何を読み、誰とデートすればいいのかを教えてくれる」。裁判官は被告の刑罰を決めるにあたってアルゴリズムを使い、医師は自身の判断よりもアルゴリズムを優先させる。そして人間のあり方をじわじわと変えていく。民主主義を揺るがすほどの権力を持つアルゴリズムもあるという。
著者のハンナ・フライさんは1984年、英国生まれの数学者。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン高等空間解析センターの准教授。コンピュータにも詳しい。
本書は「影響力」「データ」「正義」「医療」「車」「犯罪」「芸術」の各章に分かれ、アルゴリズムの様々な姿を伝える。
「アマゾンで買い物をすると、『これもおすすめ』される」
「新車を探そうと検索すると、車と保険の広告がやけに出てくるようになる」
「なんだか変な道だな、と思ってもカーナビの言う通りに運転する」
などの例を紹介しながら、私たちの意思決定が少しずつ少しずつ、機械に任されるようになっていることを紹介。「だが、その機械の実体『アルゴリズム』について、私たちはどれだけ知っているだろうか? それらはどんなプログラムで、どんな狙いで、実際何をしているのか?」と問いかける。
そして、人間が判断していると思っていたら、実は、アルゴリズムが驚くほど大きな役割を果たしていること、さらにアルゴリズムが信じられないようなミスも犯すことなども教える。
本書の問いかけについては、すでに多くの人が経験済みだろう。例えば「日経ビジネス」の21年12月13日号は、「私の知らないネット上のワタシ」を特集、「ワタシの趣味も行動もネットは全てお見通し」と書いていた。
「『なぜ買おうと思っていた商品のネット広告が......?』 心の中を見透かされるような体験が、最近増えていないだろうか。その感覚は恐らく正しい。精度も年々向上しつつある。GAFAをはじめとしたIT大手は消費者の行動履歴を収集して分析し、私すら知らない『ワタシ』をネット上に作り上げていく。彼らは何をどこまで知っているのか。世界をどう変えていくのか」
本欄で紹介済みの『デジタル・ポピュリズム』(集英社新書)によると、ニューヨークのテクノロジーライターが、13社のデータブローカーや、グーグル、フェイスブック、ツイッター、政府機関に自分の情報がどのくらい集められているか問い合わせたところ、あるデータブローカーからは34ページにわたる「サマリー」と8ページの「包括」レポートが送られてきた。そこには車のナンバー、住宅ローン、雇用先に関する詳細な情報が記載されていた。
ソーシャルメディア企業からは、家族や親族の名前、過去7年間にやりとりした約3000人の電子メールアドレス、毎月2万6000件に及ぶネットの検索記録(テーマごとに分類)、買い物習慣、取材計画や出張の記録など。すべて把握されていたことがわかった。
ウィーンの大学の法学部の学生は、フェイスブックに自分のデータを請求してみた。送られてきた1222ページにわたる膨大な個人データには、消去した書き込みや写真、拒否した友達名などもすべて残っていた。自分が誰とどういう関係にあるか、それが丸見えになっていた。
特に怖いのは、アルゴリズムが購買履歴などの情報のみならず、本人の思想信条まで左右しかねないことだ。右翼的な人物がインターネットを検索すると、右翼的な情報が優先的に出てくる。左翼的な人物の場合は逆になる。世の中は自分と同じような考えの人が多いのだなと思いきや、実はアルゴリズムのコントロールによる可能性が高い。
『その情報はどこから? 』(ちくまプリマー新書)によると、ネットには、ユーザーが見たいと思う情報をユーザーの関心事に合わせて提示する機能がある。「パーソナライズ」という。つまりネットでは常に、「自分が見たい、知りたい」と思う情報ばかりに囲まれてしまうリスクがある。ツイッターなども自分が好きな人物のフォロワーになるわけだから、知らず知らずに「共感」という名の「洗脳」が進む。
さらに、心理学的には「確証バイアス」にも取り込まれがちだという。これは、「自分が支持し、肯定する情報」ばかり信じてしまう傾向を指す。これまた幅広くネットサーフィンをしているつもりでも、自分に都合の良い、耳触りの良い情報の海を回遊しているだけに過ぎないという状態に陥りがちだ。
したがって、「インターネットは自分を閉鎖的にしかねない」ツールでもあると同書は指摘していた。一般には、ネットには情報が大量にあふれ、そこから自由な選択で好みの情報を収集し、知見を広げることが出来ると思われがちだが、正反対のことが起きうるというのだ。
本書の著者、ハンナ・フライさんは、以下のような「アルゴリズムのミス」も挙げている。
・アイダホ州の「予算管理ツール」はずさんな計算で、障害者助成金を無闇にカットしてしまった。
・過去のデータから再犯を予測するアルゴリズムは、いつの間にか黒人の有罪率を高くするようになっていった。
・疲れ知らずで画像診断をこなし腫瘍を発見できるアルゴリズムは、正常な細胞までがん細胞と言い立てるようになった。
・あまりに便利な自動運転はドライバーの集中力を失わせ、いざ危険が迫って運転手が対応するしかなくなったときに判断を遅らせる。
しかし、著者は「アルゴリズムを悪者扱いしているわけではない」という。「アルゴリズム自体に善悪はない」「どう使うかが問題なのだ」と強調する。そして「どんなアルゴリズムも、それを作り、使う人間と複雑に結びついている」と念を押す。
著者が考える「理想の未来」とは、「機械を客観性の権化」のように崇めるのではなく、「強力な武器のひとつ」として使う社会だ。「アルゴリズムの判断を鵜呑みにせずに、真意を精査して、人の感情を理解し、誰が得をするのかを明確にし、アルゴリズムのまちがいを正し、現状に甘んじないようにする」。
「アルゴリズムの時代にはこれまで以上に人が重要な役割を果たす」というのが著者からのメッセージだ。
巻末には多数の英語の参考文献が掲載されているので、この方面を研究したい学生や院生には特に役立ちそうだ。
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