いつのまにかインターネットなしでは生活できない時代になった。様々な情報がネットにあふれている。真偽を見極めるにはどうすればいいのか。
本書『その情報はどこから? 』(ちくまプリマー新書)は、ネット情報の海で溺れないために、どのようにして判別力を身につけるか、注意すべきは何か、基本的なことを教えてくれる。
著者の猪谷千香さんは明治大学大学院博士前期課程考古学専修修了。産経新聞、ニコニコ動画、ハフィントン・ポスト日本版を経て、現在は弁護士ドットコム記者。『つながる図書館 コミュニティの核をめざす試み』(ちくま新書)などの著書もある。お名前から、有名なスキー選手の猪谷千春さんの関係者かと想像したが、ウィキペディアによれば、父上らしい。
本書を一読して面白いと思ったのは、「インターネットは自分を閉鎖的にしかねない」という主旨の指摘だ。一般には、ネットには情報が大量にあふれ、知見を広げると思われているのに正反対のことが起きうるという。
すでにこのことは、アメリカで指摘されているそうだ。ネットには、ユーザーが見たいと思う情報をユーザーの関心事に合わせて提示する機能がある。「パーソナライズ」という。例えばAmazonを検索すると、過去に検索した関連本が優先的に表示されるのは御存じのとおり。この手法はグーグルやフェイスブックでも採用されている。つまりネットでは常に、「自分が見たい、知りたい」と思う情報ばかりに囲まれてしまうリスクがある。ツイッターなども自分が好きな人物のフォロワーになるわけだから、知らず知らずに「共感」という名の「洗脳」が進む。
もう一つ、心理学的には「確証バイアス」にも取り込まれがちだという。これは、「自分が支持し、肯定する情報」ばかり信じてしまう傾向を指す。これまた幅広くネットサーフィンをしているつもりでも、自分に都合の良い、耳触りの良い情報の海を回遊しているだけに過ぎないという状態に陥りがちだ。
こうしてネットユーザーは、大量の情報を摂取していると思いつつ、実は狭い、限られた、自分好みの小宇宙に「閉じこもっている」傾向が強まる。この指摘はなかなか新鮮だ。ネットは「オタク」を量産し、「同調圧力」にとらわれやすいシステムだということがわかる。
このことは広告でより顕著だと著者は指摘する。一度、何かの広告をクリックすると、その後もしつこく同じ広告が顔を出す。イラッと来る。ディスプレイの向こう側で、まるで誰かがこちらを監視しているかのようだ。しかし、本書が強調しているように、これは広告以外でも起きていることでもある。
もちろん私たちを監視し、掌で弄んでいるのは、GAFAと呼ばれるアメリカのITメジャー。そこにすべての個人情報も握られているのがネット社会だ。日本人は出る幕がない。
本書はこうしたネットの基本構造を押さえつつ、近年日本で話題になった様々なトラブル例を報告する。
・「『保守の人限定、政治系ブログを書きませんか?』本当にあった求人募集」 ・「熊本震災で流れたライオンのデマ」 ・「『肩こり、幽霊が原因のことも?』という記事が書かれた理由」
などの見出しを見て、ああ、あの事件のことだなとピンとくる人は、ネットリテラシーが高い。
海外の状況についても言及されているが、とくに参考になったのは、ドイツの「フェイク」への取り組みだ。すでに2017年から、「TwitterやFacebook、YouTubeなどで、フェイクニュースを放置したら、サイトの運営企業には最大で5000万ユーロの罰金を科す」という法律が施行されているという。虚偽の内容で名誉棄損したり、侮辱したり、犯罪を呼び込んだりしたものが対象になる。日本でもそのうちできるかもしれない。
本書は話し言葉で書かれているから読みやすい。著者が新聞記者とネット記者の双方を経験しているので、新旧両メディアの比較についてもバランスがとれている。内外のトラブル例についても、要領よく紹介されており、短時間で復習することができる。
小中高校ではこれから「情報」についての教育がいちだんと強化される。「プログラミング」などの技術面が重視されるらしいが、同時に本書が報じているような、「リスク」についてこそ早い時期からしっかり教えるべきではないかと感じることが多い。
ということもあり、最後に少し注文。最近のトラブル例や新しい動きについて、「年表」「索引」「豆知識」などとしてまとめておいていただければ、参照しやすいと感じた。大学生以下を主たる読者層と想定すれば、「バイトテロ」など、若い世代が引き起こしているトラブル例がもっとほしかった。特にそれらが損害賠償に発展するケースがあるということも。
今の子どもはネットで育っている。ところが安易に利用して被害者をつくっているケースも少なくない。最近、中学生のいじめ自殺に関連して、いじめたとされる同級生の顔写真と名前がネット公開されているのを見て驚いたことがある。どうやら、こういうことが珍しくなくなっているらしい。
専門家がネットの著作権などについて書いた本はいくつもあるが、ネット犯罪や事件についての一般向けの解説本はまだ少ない気がする。活字メディアでは許されないルール違反がまかり通っているのがネットだ。匿名個人が全世界に向けて情報発信できるというのがネットの最大の特徴だが、発信する個人は法律知識が乏しい。猪谷さんは弁護士ドットコムの記者なので、未成年者も含めて、ネット利用で起きうるリスクと責任について、法律的な見地から分かりやすいガイド本を書いていただけると多くの人の参考になるのではないかとも思った。
本欄では『フェイクニュース』(角川新書)、『安倍政治 100のファクトチェック』(集英社新書)、『流言のメディア史』 (岩波新書)、『ある日突然、普通のママが子どものネットトラブルに青ざめる』(アイエス・エヌ)、『図書館の日本史』(勉誠出版)、『情報生産者になる』(ちくま新書)なども紹介している。
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