科学には「誤解」がつきものだ。いわく「科学者はたいていこんな格好をしている」「科学者になる人は頭がいい」などなど。本書『科学の誤解大全』(日経ナショナルジオグラフィック社)は科学につきものの、さまざまな誤解や偏見を英国のサイエンスライターがやわらかく解きほぐしてくれる。筆者は大学で化学と生体分子科学を専攻し、現在は科学関係の編集者やライターとして活動し、博物館で科学クイズを出題しているそうだ。
「本書では、ごくありふれた科学に関するさまざまな誤解について紹介している。広く知られている事実が明らかな間違いというものもあるし、以前は正しいとされていたが新たな証拠の登場によって否定されたケースもある」。
こう聞くと何やら難しい数式が出てくるのかと身構える向きもありそうだが、決してそんなことはない。
たとえば「科学と宗教は相いれない」という6番目の「誤解」。17世紀のイタリアで天文学者のガリレオ・ガリレイが、地球が太陽の周囲を回っているという地動説を支持したため、教会から異端審問にかけられた話は有名だ。「ガリレオは地動説を放棄することで死刑は免れたが、残りの人生を軟禁状態で送ることになった」。ガリレオが、「それでも地球は回っている」とつぶやいたという逸話は科学史漫画にも紹介されているほど有名だ。
「しかし、このような宗教と科学の対立の構図はあまりにも単純化されている。ガリレオは異端審問を受けた後も、生涯信心深いカトリック信者であり続けた」。ガリレオより前に、天体観測の結果をもとに地動説を唱えたのはニコラウス・コペルニクスだが、彼はカトリック信者であるだけでなく、司祭でもあった。「信仰を持っていた科学者の代表格と言えば、アイザック・ニュートンだろう」「実は聖書解釈を含むオカルト研究でも有名で、ニュートンが書いた宗教関係の本の数は科学関連の著作より多いほどだ」。
「つまり、長い歴史の間にはガリレオが受けた迫害のような出来事が時折あったものの、科学と宗教はずっと平和に共存してきた」と筆者は述べる。少し肩透かしされたような気もしてしまうが。
9番目の「誤解」は、「万里の長城は月から肉眼で見える唯一の人工建造物だ」。これもよく聞く話だ。この話は、イギリスでは考古学者が1754年に書いた著作の中にあるほど古いという。
「いい加減なうわさの多くがそうであるように、この話もあたかも事実であるかのように世間に広まった」「では、本当に月から肉眼で見えるのだろうか?」
「答えはノーだ。望遠鏡がなければ万里の長城は月から見えない。万里の長城の平均的な幅は6メートルしかない。一方、月と万里の長城の平均距離は37万139キロメートルにもなる。ちょっと考えれば、月から肉眼で見るには万里の長城の幅があまりにも狭すぎることが分かるはずだ」。これにはなるほどとうなずくしかない。中国初の宇宙飛行士も地球を回る人工衛星の軌道から、「祖国の大建造物を探したが、見つからなかった」そうだ。
「科学的ではないが信じたくなる法則と定理」というコラムもある。「ゴドウィンの法則」というのは「インターネット上での議論は、長引くほどナチスやヒトラーが引き合いに出されることが多くなる」。これは1990年代初頭にニュースグループの掲示板から生まれたそうだ。ゴドウィンというのは、アメリカの弁護士の名前で、この法則はオックスフォード英語辞典にも収録されている。欧米では有名な法則のようだが、日本ではそれほど知られていない。議論が長くなると、ナチスやヒトラーが引用される現象も日本では少ないだろう。
32番目の「誤解」は、「現生人類はネアンデルタール人の子孫だ」というもの。ネアンデルタール人は「毛深い体、濃い眉、大きな鼻という独特の風貌」を持っている。「私たち現生人類はネアンデルタール人の直系の子孫にあたると誤解されていることが多い」「これは、現代のゾウがマンモスの子孫だと言うのに少し似ているが、(中略)ゾウはマンモスの子孫ではない」。
もちろん、現生人類はネアンデルタール人の子孫ではない。だが、最近の研究で、現生人類の遺伝子の一部はネアンデルタール人からもたらされていることがわかった。数万年前、ネアンデルタール人と現生人類の間で混血が起き、われわれはネアンデルタール人の遺伝子の一部を受け継いでいたことになる。これはちょっとびっくりする人がいるだろう。
44番目は「アインシュタインは学生時代に数学が苦手だった」という誤解。これもどこかで聞いた気がするが、まったくの誤解だという。天才物理学者がスイスのチューリッヒ工科大学を受験したとき、「最初の入学試験では総合点が足りずに合格できなかった。それでも、アインシュタインは数学と物理学では非常に優秀な成績を取っていた」。後年のアインシュタインが数学で苦労したのは事実だそうだが、それはあくまで専門的な高等数学の話。かの天才でさえ数学は苦手だったという俗説になじむ話ではなかったようだ。
本書は、こうした45の「誤解」に基づいて構成されている。なるほどとうなずくものもあるが、もう知っているよというものも少なくない。
「科学の誤解大全」という書名は魅力的だが、期待に中味が伴わないという意味で、やや羊頭狗肉だなという気もする。もう少し軽めの題名の方がよかったかもしれない。本書は日経ナショナル ジオグラフィック社の発行だが、原著はイギリスの出版社の発行なので、アメリカの著名な月刊誌ナショナル・ジオグラフィックと直接の関係はなさそうだ。
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