昨年(2021年)6月、札幌市で2歳の男の子が母親にクローゼットに閉じ込められて亡くなるという痛ましい事件が起きた。母親はクローゼットの前に物を置いて、子どもが出られないようにしていたという。
これと似た事件が、15年以上前にも大阪で起きている。夏場に3時間半もの間、クローゼットに2歳の男の子を閉じ込めたまま母親は外出。「部屋を散らかされたくないから」という理由で、クローゼットの扉を外から冷蔵庫で押さえつけていた。男の子が亡くなった直接の原因は、母親の再婚相手の暴力によるもので、クローゼットに閉じ込める虐待も「しつけ」と称して夫が始めたことだったが、母親は息子を守ろうともせず、自らも外出のたびに「邪魔だから」と閉じ込めることが常態化していた。
監禁罪で起訴された母親が法廷で、「息子さんはあなたにとってどんな存在でしたか?」と問われ、「大事な存在でした」と答えると、裁判官は厳しく問い詰めた。
「大事な存在を、クローゼットに3時間以上も監禁しますか? 子どもは、あなたの所有物ですか?」
この裁判を担当した坪井祐子裁判官は自身も母親として、「夫以外の人からの注意を聞き入れる能力が欠けていたのではありませんか」と、再婚してから夫と血のつながっていない息子を「邪魔者」だと思うようになった被告人の気持ちの変化をズバッと言い当てた。
「子どもって、社会全体の宝でしょ?」
この問いかけは、被告人だけでなく、今も悲しい事件を生み続ける日本社会への警鐘ともとれる。坪井裁判官はこの後、ある「聖断」を下した――。
このエピソードのほか、裁判長による30の「聖断」をまとめたのが、長嶺超輝(まさき)さんの『裁判長の沁みる説諭』(河出書房新社)だ。30万部超えのベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)をはじめ、法律や裁判に関する著作を数多く執筆している。
全国で3000件以上の裁判を取材してきた長嶺さんは、知られざる「裁かれたい裁判官」の魅力を伝えたいと本書を執筆した。というのも、日本では、1件でも多く裁ける要領のいい裁判官が評価され、どうすれば被告人の深い反省を引き出し、心を動かせるのかを考え、その言い分を聞くことに時間をかける裁判官は、人事評価では不利になる。長嶺さんはそんな現状を憂え、「犯罪の裏側にある悲しい事情に深く関わり、当事者の感情にも寄り添おうとする」裁判官の存在を知ってほしいという。昨年ヒットしたドラマ「イチケイのカラス」で竹野内豊さんが演じた、被告人の主張をとことん聞き、納得いくまで検証する型破りの裁判官の姿を彷彿とさせる。
要介護の身となり「妻に迷惑をかけたくない」と自宅で放火自殺を図った男性、未成年の娘に売春をさせ、その金で遊びまわっていた父母、孤独感から薬物に溺れた有名ミュージシャン......。罪を犯した人々に対し、判決を言い渡した後に贈られた、心揺さぶる説諭と事件の背景が、本書には一つひとつていねいに綴られている。
心に沁みる30の説諭の見出しは次の通り。
1「胸を張って生きていいんです。あなたは迷惑をかけたくないという思いが強すぎた」
2「世の中、それほど捨てたものではありません。もっと人を信用してみてください」
3「この裁判は、あなただけが裁かれているのではありません」
4「奥さんたちの期待に応えられなきゃ、君は男じゃないよ」
5「普通の生活をして、初めて救いがあります」
6「もう、やったらあかんで。がんばりや」
7「娘さんを公園に連れていって、久しぶりに話をしてみては...」
8「その感触を忘れなければ、きっと立ち直れますよ。更生できます」
9「息子さんの長所、いいところを3つ、言ってみてください」
10「現実と向き合うのが難しいと思います。しかし、できることは何か、考えてください」
11「今度は、あなたが捨てられるかもしれません」
12「あなたは彼女の世界で、たったひとりの母ちゃんなんだよ」
13「あなたを待っていてくれる人がいます。これからやり直してください」
14「あなたには、人一倍努力できる才能が備わっているはずです」
15「帰りの電車の中で、お父さんと話してごらんなさいよ」
16「個人的な心情としては、あなたを気の毒だと思わないわけではない...。しっかりやりなさい」
17「私もパチンコに熱中していたことが...。あなたも、自分の意思でやめるしかないんですよ」
18「昨日の晩、雪が降っていましたけど、石焼きいも屋のおじさんが屋台を引いてました...」
19「『人生』という言葉を贈ってくれた人の気持ちに応えているか...」
20「なぜ、君たちの反省の弁が人の心に響かないのか、きっとわかってもらえるはずです」
21「同じ境遇で悩んでいる人は、世の中にたくさんいます」
22「馬鹿みたいに簡単なことが、あなたには欠けていましたね」
23「あなたの病気のひとつを私ももっています。どうか、負けないでください」
24「子どもは、あなたの所有物ですか? 社会全体の宝でしょ?」
25「競走馬が稼いでくれたお金で生きてきたのではありませんか」
26「捕まって法廷まできて、格好いいわけがないでしょう」
27「褒められ感謝されても、それは君に対する本当の評価ではありません」
28「飼い犬も地域社会の一員です。あなたが本当に犬を愛しているのなら...」
29「その言葉、これから禁句にしようか。便利な言葉で逃げないで...」
30「この私の仕事は、犯罪をやめさせることですから」
「おわりに」で長嶺さんは読者に、裁判を傍聴しに行くことを勧めている。
裁判のゆくえに関心をもち、自分以外のいろいろな人生や価値観があることを察する方々が増えれば増えるほど、寛容で前向きな雰囲気がひろがってゆき、私たちの社会は次のステージへ進んでいけるものと信じています。
■長嶺超輝さんプロフィール
フリーランスライター、出版コンサルタント。1975年、長崎生まれ。九州大学法学部卒。大学時代の恩師に進められて弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫し、断念して上京。30万部越えのベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の刊行をきっかけに、メディアで法律や裁判の魅力をわかりやすく解説するようになる。本書は14作目の著書。
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