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人それぞれに「かくれ里」がある

ニッポン巡礼

 苔むした茅葺屋根の古民家の写真が表紙になっている。本書『ニッポン巡礼』(集英社新書ヴィジュアル版)は、ひっそりとした寺社、山間の集落、海沿いの棚田、離島の原生林、城下町の白壁、断崖に囲まれた自然の入り江......、知る人ぞ知る「かくれ里」を滞日生活50年になる米国人の東洋文化研究者が訪ね歩いた記録である。収められた写真を眺めていると、心が洗われる思いがする。

 著者のアレックス・カーさんは、1952年、米国生まれ。1964年、米海軍の弁護士だった父が横須賀の米軍基地に赴任、家族とともに横浜で生活した。74年にイェール大学日本学部、77年にオックスフォード大学中国学部を卒業、同年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化を研究している。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業も営んでいる。著書に『ニッポン景観論』(集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫)など。

全国の「かくれ里」から10選

 タイトルに「巡礼」とあるが、著者が訪ねたのは寺社仏閣ばかりではない。また、著名な観光地や話題のスポットでもない。白洲正子の文筆に動かされた著者が、「かくれ里」=隠された本物の場所を巡る旅である。古民家再生の仕事で全国を回った中から、厳選した10カ所を紹介している。章といくつかの項目を抜粋しよう。

 1 日吉大社、慈眼堂、石山寺(滋賀県) 山王鳥居、桃山の屋根
 2 羽後町田代、阿仁根子(秋田県) 土方巽と細江英公、「舞踏」の誕生、里一帯が美術館である
 3 能登半島(石川県) 三宅一生を彷彿とさせる棚田、絶景海岸
 4 八頭町、千頭町(鳥取県) これこそが、日本に本来あった森の姿、廃れた集落に可能性がある
 5 奄美大島(鹿児島県) 日本元来の柔らかさがある原生林、数百年を経た古木が織りなす並木道
 6 萩(山口県) 「西の京」の栄華を伝える五重塔、毛利家の廟所はパワースポット
 7 三井寺(滋賀県) 天台密教というミステリー、日本美術に魅せられた海外の巨人たち
 8 南会津(福島県) 1970年代まで眠り続けた宿場町、国宝級の古材コレクション
 9 青ヶ島(東京都) オアフ島を想起させる展望台からの絶景、「地方移住」の守り神がここにいる
 10 三浦半島(神奈川県) 「三崎ハウス」のアメリカ人コミュニティ、劇的な崖に囲まれた入り江

農山村の風景に惹かれた

 寺社などよりも心を惹かれたのは、地方の農山村や漁村の風景だ。著者は1965年に舞踏の創始者・土方巽が写真家・細江英公とともに秋田県羽後町田代で仕掛けた「ハプニング」の足跡をたどった。途中「七曲峠」という峠道から見た田園の光景がパノラマのようだ。田んぼのところどころに「稲架(はさ)」という乾燥用の木組みが今も残っている。土方がこの稲架に乗った写真が細江の写真集『鎌鼬(かまいたち)』に収められている。

 集落にある豪農の旧邸宅の一角は「鎌鼬美術館」として公開され、海外の舞踏ファンにとって聖地となり、「巡礼」に来る外国人も少なくないという。

 福島県の南会津には観光地として有名になった下郷町の大内宿のほかにも魅力的な集落がある。南会津町の前沢集落だ。元からの農村で曲家様式の農家が集落を形成している。大内宿と同様に重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に指定されているが、知名度が低いので観光地化していない。「東北に家を持てるのであれば、私は前沢集落に住みたいです」と書いている。

 こうした「かくれ里」は、当然のように過疎化が進み、集落の維持が難しくなっているところもある。さまざまな「食」の取り組みが地域再生の鍵になるとして、鳥取県智頭町の割烹旅館や自家製天然酵母パンのベーカリー、茅葺き民家を利用した料理店を紹介している。

 また、智頭町の山の奥地の板井原という集落も、約100軒の家屋のうち、20軒ほどは江戸・明治期の建物で、県選定の伝統的建造物保存地区に指定されているが、ほとんど人は住んでいないという。若い世代の移住者がいるが、まだ店は少ない。著者は「逆に、このような集落に可能性を感じます」という。徳島県の祖谷で似た試みを行い、ある程度の実績を出しているので、こうした「桃源郷」再生は全国で可能ではないだろうか。

 本書は最終章で神奈川県の三浦半島を取り上げている。東京にも近い観光地なのに、なぜ? と思ったら、著者が1960年代に横浜に住んでいた頃、ここに「三崎ハウス」というアメリカ人のコミュニティがあり、しばしば訪れていたからだ。今は跡形もなくなり、田んぼとスイカ畑が広がっている。半世紀ぶりに探索し、思い出の浜辺にたどり着く。そして崖に囲まれた自然の入り江を発見する。

 この場所は本書でも伏せている。著者は「人が知らないところは、人に知らせたいし、知らせると、たちまち汚されてしまうのは、ままならぬ世の中だと思う」という白洲正子の文章を紹介し、「ここに挙げた場所へは行かれなくてもいいと思っています」と書いている。

 オーバーツーリズムの時代、コロナ禍が収まると、こうした「かくれ里」にも内外の観光客が訪れるようになるかもしれない。だが、本書を読み、「日本にこんな美しい場所がある」と思うだけでいいだろう。そして、誰もが自分なりの「かくれ里」を見つけて、こっそりと楽しむ。そんな旅のありようがあることを教えられた。

 BOOKウォッチでは、『お遍路ズッコケ一人旅――うっかりスペイン、七年半の記録』(青弓社)、『タコとミカンの島――瀬戸内の島で暮した夫婦の話』(シーズ・プランニング 発行、星雲社 発売)、『神木探偵――神宿る木の秘密』(駒草出版)、『秘境旅行』(角川ソフィア文庫)などを紹介済みだ。



 


  • 書名 ニッポン巡礼
  • 監修・編集・著者名アレックス・カー 著
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2020年12月22日
  • 定価本体1400円+税
  • 判型・ページ数新書判・250ページ
  • ISBN9784087211467

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