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金原ひとみ、村田沙耶香絶賛。"マイノリティーにも属せない"女子高生を描いた破格のデビュー作

N/A

 第167回芥川賞候補作は、史上初めて5作全てが女性の作品となった。そのうちの一つ、年森瑛さんの『N/A』(文藝春秋)は、第127回文學界新人賞の選考委員6名(金原ひとみさん、長嶋有さん、村田沙耶香さん、中村文則さん、青山七恵さん、東浩紀さん)が異例の満場一致となり受賞した、破格のデビュー作だ。

本作には紛うことなき現代を生きる人間が、そして現代がぶち当たっている壁が克明に描かれている。――金原ひとみ

ここには誰のおすみつきももらえない、肉体から絞り出した言葉の生々しい手触りがある。――青山七恵

主人公にとって、また小説にとって、とても重要なもの、安易に言語化できないものたちが、物語の力によって、この小説の中に確かに存在している。――村田沙耶香

「当事者性なんて一つもない」

 松井まどか。女子校に通う高校2年生。背が高くて中性的な見た目から、学校では「松井様」と呼ばれて王子様扱いされている。本人が男になりたいわけではない。その逆も然りだ。股から血が出るのが嫌で、13歳の頃から体重を落として生理を止めている。痩せすぎると母が心配するので、40㎏弱を維持している。

 それから、教育実習生で来て知り合った、レズビアンのうみちゃんとお試しで付き合っている。まどか自身は特に同性愛者ではない。まどかは恋愛には興味がなくて、ただ、がまくんとかえるくんやぐりとぐらのような「かけがえのない他人」が欲しいだけだ。それには男女よりも同性同士のほうがまだ都合がいいように思う。けれど、うみちゃんはまどかに恋人関係を求めてくるので、「かけがえのない他人」にはなれそうもない。

「まどかは当事者性なんて一つも持っていなかった。」

 うみちゃんと違って、まどかはLGBTのどれでもない。体型にしたって、美容のために痩せているわけではないし、拒食症でもない。生理もただ単に嫌だっただけなのに、保健室の先生はこんな言葉をかけてくる。

『瘦せていなくてもありのままのあなたの姿が美しいですよ』
『生理は汚くないし恥ずかしくないことですよ』

 「女性を取り巻く悪しき風潮」に抑圧されている女子高生、に先生はまどかをカテゴライズしようとする。そんなものまどかには全く関係がなく、ただ自分の意志で生理を止めているだけなのに。

「嫌なものは嫌だ。それだけのことが伝わらなかった。」

カテゴライズされたくない。けれどカテゴライズしてしまう

 本作では一貫して、恋愛や生理などに関するカテゴライズにまどかが覚える違和感が描かれている。しかし、安易な「カテゴライズvsまどか」の構図なのかといえば、決してそれだけではない。

 友だちのオジロのおじいちゃんがコロナに罹ったという連絡が来たとき、まどかは返信の言葉に躊躇する。「大丈夫?」「つらいね」「きっと良くなるよ」そんなありきたりな言葉しか思い浮かばない。オジロは自分を大事な友だちだと思って打ち明けてくれたのだから、ありきたりな言葉で返すべきではないのに。

 カテゴライズにあらがう面と、カテゴライズに加担してしまう面。本作はこのジレンマを巧みに描いている。

言葉にし難いものを言葉にする

 タイトルの『N/A』は英語圏の略語で、"not applicable(該当せず)"または"not available(利用不能)"の意味。「"マイノリティー"にすら該当しない主人公」「安易な"多様性"への疑問」というテーマは、朝井リョウさんの『正欲』(新潮社)にも通じるものがある。"多様性"がもてはやされる現代ならではの問題提起だろう。

 作品を通してテーマが一貫しているのに加え、リアルな若者言葉の会話文、SNSや"推し"などの若者文化が描かれているので、芥川賞候補作という肩書きにしては幅広い読者層に読まれやすい小説ではないかと思う。ただし、読者がまどかの考えをすぐに理解できるかどうかは別の話だ。なかには、「それだけの理由で生理を止めて、レズビアンじゃないのに女の人と付き合って、意味わからない!」と思う人もいるかもしれない。しかし簡単に説明できないことを言葉にしたからこそ、本作は高い評価を得ているのだ。

〈年森瑛さんコメント〉

 シュレッダー行きになるのだろうと思っていたものが本の形になって人目に触れることを、嬉しく思う反面、怖い気持ちもあります。

 言葉にし難いものを言葉の羅列に仕立て上げてしまう悪辣なやり方でしか、この世界のどこかで透明になっている人を表出できませんでした。

 本当にこれで良かったのか、今でも分かりません。読んだ方に判断していただくしかないのだと思っております。

 よろしくお願いします。

 満場一致の新人賞受賞、『文學界』掲載当時から絶大な評価を集めている本作。果たして芥川賞受賞なるか。


※画像提供:文藝春秋




 


  • 書名 N/A
  • 監修・編集・著者名年森 瑛 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2022年6月22日
  • 定価1,485円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・120ページ
  • ISBN9784163915623

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