「なあ、永岡、俺と、新しくカルト始めない?」
村田沙耶香さんの最新刊『信仰』(文藝春秋)の表題作は、こんな奇妙な勧誘から始まる。
主人公の永岡ミキは筋金入りの現実主義者。好きな言葉は「原価いくら?」。そんなミキを呼び出して、中学時代の同級生・石毛は「一緒にカルトを始めて一儲けしよう」と誘ってくる。
さすがにミキは本気にせず、後日友達の集まりで笑い話にする。カルト詐欺の計画や、もう一人石毛の計画に参加している同じく元同級生・斉川さんの、過去にカルトに騙されて浄水器を売っていたエピソードを、友達は「やばいやばい」「めっちゃベタなやつ」と笑う。現実でもたいていの人が、カルトの話に対してこの友達のような反応をするだろう。
ところが、読み進めていくとどうやら様子がおかしい。友達の話題は「ロンババロンティック」という皿のブランドに移り変わる。1枚50万円以上する高級皿だが、ミキに言わせると「縄文土器にしか見えない」。でも、みんなは「誰もが憧れるお皿」とうっとりしている。さらに、流行りの「鼻の穴ホワイトニング」の話も。ミキも友達の話についていくために1回5万円の施術を受けたが、「本当に必要ある? 原価いくら?」......でもその言葉は飲み込んで、友達に話を合わせる。
浄水器はバカにするのに、「ロンババロンティック」や「鼻の穴ホワイトニング」は「本物」「憧れ」と言う友達。いったい何が違うのだろう。
ミキはカルトにも、皿やホワイトニングにも騙されきれない。子どもの頃から「現実」が大好きで、お祭りの出店やディズニーランド、ブランドものに「原価いくら?」の突っ込みを欠かさなかった。小さいうちは友達に「ミキちゃんあたまいい!」とありがたがられていたが、だんだん「ミキといると、なんか冷める」とうとましがられるようになった。妹には「お姉ちゃんの『現実』って、ほとんどカルトだよね」と言われる始末。
妹の言葉で自信をなくしたミキは、一度は原価よりはるかに高い服やコーヒーにお金を出してみるものの、「原価いくら?」と言いたくなる気持ちが消えない。そんなミキには、「現実」から離れてカルトを信じる斉川さんが眩しく見えた。
斉川さんに深く話を聞くと、カルトを完全にビジネスととらえている石毛と違い、「このカルトを本物にしたいの」という本音が出てきた。浄水器では叶わなかったから、今度こそカルトで「みんなを幸せにしたい」。ミキは斉川さんのまっすぐな思いに胸を打たれた。斉川さんなら、私を「現実」から連れ出して、「信仰」の世界へ連れて行ってくれるのではないか。
「斉川さん、私のこと洗脳して」
果たしてミキは「信仰」の世界へ行けるのか、それとも......。
「ロンババロンティック」というネーミングや、「鼻の穴ホワイトニング」のチョイスのさじ加減がなんとも絶妙だ。「そんなのありえない!」と「ありえるかも......」のちょうど真ん中あたりを突いて、読者に「私たちの現実もおかしいのかもしれない」と思わせる(かく言う評者も、「ロンババロンティック」が本当にあるものだと勘違いしてネットで検索までかけた)。しかも登場人物たちが会って話す場所はサイゼリヤときている。ありえない作品世界と現実を継ぎ目なく接続して、私たちを不安な気持ちにさせる。
本書は短編集で、6篇の小説と2篇のエッセイから成っている。表題作「信仰」のほか、65歳時点の生存率が可視化された社会を描く「生存」、均質化された街に住む親子が刺激的な風景の街へと旅行する「カルチャーショック」など、社会風刺をはらんだ作品が並んでいる。
評者がとりわけ惹かれたのは、1本目のエッセイ「彼らの惑星へ帰っていくこと」だ。村田さんは子どもの頃から、宇宙人に「奇妙な共感」を抱いていたという。異常に内気で繊細だった村田さんは、ずっと「『地球人っぽく』振る舞っている」という感覚があったそうだ。
大学の詩の授業で、先生の「僕は自分を宇宙人だと思っていた」「僕と同じ人はいますか?」との問いかけにぱらぱらと手が挙がるのを見て、自分と同じような人が思ったよりもたくさんいることを知った村田さん。その事実に納得し、そこに救いのような気持ちを見出しているのが、評者がこのエッセイに心動かされた点だ。きっとこのエッセイを読んで、「こう思っていたのは私だけじゃなかったんだ」と新たに救われる人もたくさんいることだろう。
もう1本のエッセイ「気持ちよさという罪」も、個性や多様性といった言葉の危うさ、「クレージーさやか」というあだ名に抱く違和感を語りながら、安易なカテゴライズに妥協せず「吐き気を催すくらいの多様性」が世界にあふれてほしいという祈りで締めている。小説はハッピーエンドを迎える作品ばかりではないけれど、誰もとりこぼしたくない、誰も傷つけたくないという村田さんの根底の思いを、エッセイから読み取ることができる。
それはきっとある種の信仰だろう。人を大事にしたい、人を信じたい。でも安易なカテゴライズや「ロンババロンティック」に熱狂して、人と繋がった気になるのは違う気がする。けれど、それを批判するのも......。きっと答えは簡単に出ないけれど、村田さんは小説で問い続ける。頭の中でぐるぐると歩き回る村田さんが、そのまま本になったような一冊だ。
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