2022年4月18日、第21回女による女のためのR-18文学賞が発表された。大賞は、上村裕香(かみむら・ゆたか)さんの「救われてんじゃねえよ」が受賞した。4月22日に発売された「小説新潮」2022年5月号(新潮社)に作品全文が掲載されている。
主人公は、難病の母を介護する女子高校生。このテーマだけ聞いても「重たい話だ」と思うかもしれないが、この小説は読み手の予想を遥かに上回ってくる。いずれもハイレベルな候補作が並ぶ中、「(候補作の中で)最も殺傷力の高い文章」(窪美澄さん)、「すごくショックを受けた作品でした」(東村アキコさん)、「読んだ瞬間、これが受賞作だとすぐにわかりました」(柚木麻子さん)と選考委員から圧倒的な支持を集めた本作の魅力を、少しだけご紹介したい。
築50年八畳一間のアパートで、思うように体が動かない母を介護しながら、高校に通う沙智。父はほとんど手助けしてくれず、担任は真面目で何かと気にかけてくれるが、どこか他人事な気がする。だからといって、沙智に悲壮感は漂っていない。
お母さんが足を引きずるようにして壁とわたしにすがりついて歩き出す。壁にかけていた時計に頭が触れそうになる。とっさにガードしたらお母さんのほうがバランスを崩してしまったらしく、壁に思いっきり頭を打ち付けている。音は鈍かったけれど、大げさに痛がっている。「ごめんごめん」と謝る。
沙智は目の前のことにすっかり慣れているようだ。母親のわがままを、まるで親子の関係が逆転したかのようにあしらう。そのけだるい諦念の描かれ方が、なんともリアルだ。
「お母さん、治ったんちゃうの」
「治ってない、薬で症状が抑えられてるだけ」
「それ治ってるやん」
「ちがうって、この病気は死ぬまでつきあう病気なの」
「症状がないんやろ? 治ってるやん」
「でも今日転んだし」
「お母さん病気ちゃうくてもこけるやん」
「病気やもん、病気やから転んだんやもん」
子どものように駄々をこねる母。散財癖があり、全く頼りにならない父。介護の肉体的な疲れというよりも、親が「大人」であってくれないこと、まともな意思疎通すら期待できないこと、そのままならなさに沙智は辟易しているように感じる。
八畳一間の狭い部屋で、父と母は沙智の寝ているすぐ隣でセックスをする。そんな状況にさえ、沙智は「セックスってお父さんとお母さんなりのボケなんじゃないかなと思えてきた」と、あくまでドライだ。作品を読んでいると、どこか疲れた感じのする、でも疲れきっているわけではない、うんざりしているけれど八つ当たりするわけではない、大人よりも大人びた沙智の表情がありありと見える気がする。
淡々としていて、しかし同時に読者の心にずしんと重みを与える、骨太な文体。沙智の性格そのものを体現したような文章の力が、「難病の母の介護」というテーマで想像されがちな苦労話を軽々と跳ね飛ばしていく。「救われてんじゃねえよ」というタイトルにふさわしく、簡単には救われない、しかし救われないからといって悲嘆するわけではない、この小説にしか描けないラストも必見だ。
ごく短い作品だが、その短さに見合わないほど、読後感は長くこびりついて剥がれない。あなたは沙智の目を見つめ返せるか。火傷のような読書体験をしたい方は、ぜひ一読を。
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