プロ野球は厳しい世界だ。成績が不振だと途中でも辞めさせられることがある。今年(2020年)もパリーグで最下位(9月14日現在)のオリックスで監督辞任劇があったばかりだ。そんなプロ野球の球団運営にサラリーマンから転身した二人の男を主人公に描いたノンフィクションが『サラリーマン球団社長』(文藝春秋)である。
本書はよくありがちなサラリーマンの転身物語とはかなり異なる。著者は巨人の「清武の乱」で知られた清武英利さん。読売新聞の敏腕記者から読売巨人軍球団代表兼編成本部長に。その後専務取締役球団代表兼GM・編成本部長・オーナー代行を解任され係争になったことで知られる。その後ノンフィクション作家として『しんがり 山一證券 最後の12人』、『トッカイ-バブルの怪人を追いつめた男たち』(いずれも講談社)などで健筆をふるっている。
いわば球界の表も裏も知った人が他球団について書いたものだから、厚みがすごい。登場するのは永遠のライバル、阪神球団の野崎勝義さんと近年覇を争う機会の多かった広島球団の鈴木清明さんだ。
野崎さんは同じ阪神電鉄系列の旅行会社の営業マンからの出向、鈴木さんは実質的な親会社のマツダの経理部員からの転職だった。清武さん自身も新聞記者からの転身だ。「野球」という異世界へ飛び込んだサラリーマンの奮闘努力の物語として読むこともできるが、なんと言ってもプロ野球は日本最大の人気スポーツ。野村克也、星野仙一、黒田博樹、金本知憲らビッグネームが次々に登場する。この二十数年のプロ野球の裏面史としても興味深いものになっている。
野崎さんは阪神電鉄に入社後、31年間ずっと航空営業一筋だった。通称阪神航空の旅行部長から球団の常務取締役に1996年出向した。下位に甘んじることが多く、球団やチームの不協和音が面白おかしく書きたてられるタイガース。球団社長についてこう書いている。
「チームが負け続けても、球団は儲かっていて、何年も社長を務められるから、進退を賭ける必要なんかない。下手に改革の旗を掲げたりすると、人を辞めさせたりせなあかんし、下から反発を受けるわ、電鉄本社から嫌われたりするわ、大変なことになる。じっとしとけば、部下もしんどくなくて、仲良くできて、上の言うこともハイハイ聞くようになる」
久万俊二郎・阪神電鉄会長兼タイガースオーナー(当時)は「阪神電鉄の売り上げは三千億円ほどあるが、タイガースは百億円もない。ちっちゃな会社なんや。強い弱い、と騒がんでもええ」と野崎さんに言った。
チケット販売の電算化など営業の強化に取り組んだが、社内の抵抗勢力もあり実現までに7年間もかかった。野村監督とともに球団改革を進めた。その後の星野監督誕生など裏話も出てくる。
一方、広島の鈴木さんはマツダの経理部員だったが、球団オーナー家との縁からスカウトされ、「人生の半分だけ、お預けしますわ」と言い、転職してきた。
しかし、苦闘が続く。球団が副業で始めたスポーツジムの店長との兼務。併設のレストランでは厨房にも入った。選手を連れてのアメリカ独立リーグへの遠征では、引率役であり、通訳、運転手、料理人も務めた。のちにカープ監督になった緒方孝市さんは「わしは、鈴木さんのことをコックだと思ってましたね」と語っている。
広島は西インド諸島のドミニカに野球学校を作るなど、独自の選手育成にも力を入れた。鈴木さんはその後球団本部長として、新球場マツダスタジアム建設などを進めた。そして2016年の優勝。
鈴木さんは同業者の誰よりも我慢を続けたが、カープは24年間ずっと優勝することができなかった。長い雌伏の後の一瞬を書き残したかったと、清武さんは「あとがき」に書いている。
そして、もう一つの動機は野崎さんが阪神に日本で最初に導入したベースボール・オペレーション・システム(BOS)が、その後なぜ運用されていないかという疑問を解明したかったことである。スカウトやコーチが視察した選手の能力を数値評価して入力し、閲覧するシステムだ。米メジャーではすべてのチームが導入しているが、日本では阪神が最初だった。
清武さんは巨人に阪神より7年遅れて導入したという。選手、コーチ、スカウトにはまだ前近代的なものが残る日本の野球界。それを描き出す補助線として、「サラリーマン球団社長」の視線は有効だったということだろう。ちなみに鈴木さんは球団常務だが、オーナー兼社長を支える社長格だそうだ。
BOOKウォッチでは、清武さんの著書『トッカイ-バブルの怪人を追いつめた男たち』、『石つぶて 警視庁 二課刑事の残したもの』(いずれも講談社)を紹介済みだ。
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