「急激に悪化する謎の"肝臓がん"――相次ぐ不審死は未曾有のパンデミックの始まりなのか!?」という帯を見て手にしたのが、本書『ヒポクラテスの試練』(祥伝社)。ミステリー作家・中山七里さんの法医学シリーズ第3弾だ。
シリーズ第1作の『ヒポクラテスの誓い』は第5回日本医療小説大賞の候補作となり、WOWOWで連続ドラマ化(北川景子主演、2016年)もされた。
「ヒポクラテスの誓い」とは、「医学の父」と言われる古代ギリシアの医者ヒポクラテスが説いた医学倫理で、その精神は今も受け継がれている。本書では以下の文言を紹介している。
「どの家に入っていくにせよ、全ては患者の利益になることを考え、どんな意図的不正も害悪も加えません」
偏屈だが解剖の腕は超一流の光崎藤次郎教授が率いる浦和医大法医学教室が舞台。死体好きのアメリカ人准教授・キャシーと助教の栂野真琴がスタッフだ。ある日、城都大附属病院の内科医・南条がやって来て、前日に搬送され急死した前都議会議員・権藤の死に疑問があるという。
肝臓がんが死因と見られた。担当医と検査技師はMRIの画像診断から病理解剖の必要なしと判断したが、権藤のゴルフ仲間だった南条は、9カ月前に受けた健康診断では問題がなかったことにこだわり、死因をはっきりさせるため解剖にこだわる。
「進行が異常に早い肝臓がん。これは非常にミステリアスな症状です。ワタシの知的好奇心が疼いてなりません」と意気込むキャシー。
病理解剖と司法解剖に少し詳しい読者なら、これはいくらミステリーでも「無理筋」だと思うだろう。事件性はまったく感じられない上に当の城都大附属病院も解剖の必要性を認めていない。唯一の身寄りの甥も解剖を承諾しないという。
しかし、シリーズ前作で明らかなように、凍死や事故死など、一見、事件性のない遺体を強引に解剖する光崎。正式な手続きを無視した病理解剖と遺族を強引に説得する手法。浦和医大法医学教室では、それが常態化した感すらあった。
法医学教室とは腐れ縁の埼玉県警捜査一課の古手川が捜査に駆り出される。解剖に反対する甥が埼玉県に住んでいることが唯一の突破口だった。以前、生協に勤めていた甥が事故米を使って毒殺を目論んだ証拠をつかむ。そして、司法解剖へ。しかし、光崎が導き出した結論は恐るべき感染症だった。
ある感染症が原因の疑いで死亡者が出たことを城都大は発表したが、マスコミの食いつきはいまひとつで、市民もパニックに陥らなかった。そして、権藤の周囲で新たな不審死が判明する。このままではパンデミックが起きるのではないか――。
ネタばれになるので、感染症の名前は書けないが、日本でもある地域では知られているものだ。だが、突然変異によって強毒化したという設定が、新型コロナウイルスを想起させる。
本書は、「米の毒」「蟲の毒」「職務に潜む毒」「異国の地の毒」「人の毒」の5部構成。真琴とキャシー、古手川が組織の壁や役所の文書公開の壁や国の壁を破り、感染源の特定へと近づいていくさまは痛快だ。
そして驚愕の真実が明らかになる。この感染症は日本では、ある動物が媒介することで知られる。しかし、本書は予想もしない動物が原因であることを示唆して終わる。
著者の中山七里さんは、1961年岐阜県生まれ。2009年、『さよならドビュッシー』で第8回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し48歳でデビュー。その後、音楽ミステリー、警察小説、法廷もの、法医学ミステリーなど幅広いジャンルの作品を発表している。
今年(2020年)は作家デビュー10周年を記念し、1カ月に1冊の新刊を12社から連続刊行するという企画を実施中だ。本書は第6弾にあたる。その旺盛な執筆意欲には驚かされる。BOOKウォッチでは、臓器売買の闇に迫った社会派医療ミステリー『カインの傲慢』(株式会社KADOKAWA)を6月に紹介したばかりだ。
感染症や新型コロナウイルス関連では、『PCR検査を巡る攻防――見えざるウイルスの、見えざる戦い』(リーダーズノート)、『新型コロナはいつ終わるのか?』(宝島社)、『病が語る日本史』 (講談社学術文庫)など多数紹介している。
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