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中国「コロナ対策」に「731部隊」の教訓が生きていた!

コロナ後の世界は中国一強か

 日本人の多くが見たくないタイトルの本、といえるだろう。「日本人」を「世界の人々」と置き換えても同じかもしれない。『コロナ後の世界は中国一強か』(花伝社)。コロナが中国を直撃した当初は、中国崩壊すらささやかれた。それがどうだろう、いまや中国はコロナを沈静化させた形になり、むしろ世界各国、とりわけ米国で拡大している。この状態が続くと、たしかに「中国一強」もあり得ないことではない――。

「新チャイメリカ」体制に突入

 この種のタイトルの本には、どうしてもいかがわしさがつきまとう。筆者が正体不明の人物だったり、本当の専門家ではなかったりする場合も少なくないからだ。しかしながら本書の著者、矢吹晋さんは、中国研究者として知られた人だ。それゆえ、手に取る価値がありそうだと感じだ。

 まずは矢吹さんの経歴から。1938年生まれ。東京大学経済学部卒。東洋経済新報社記者、アジア経済研究所研究員、横浜市立大学教授を経て、横浜市立大学名誉教授。『文化大革命』(講談社現代新書)、『毛沢東と周恩来』(講談社現代新書)、『鄧小平』(講談社学術文庫)、『中国人民解放軍』(講談社選書メチエ)、『「朱鎔基」中国市場経済の行方』(小学館文庫)、『中国の権力システム』(平凡社新書)、『激辛書評で知る中国の政治・経済の虚実』(日経BP社)など大手出版社から著書多数。

 『習近平の夢──台頭する中国と米中露三角関係』(花伝社、2017年刊)で第5回「岡倉天心記念賞」最優秀賞を受賞している。

 本書は以下の構成。

 はじめに──コロナによって生まれた新チャイメリカ体制
 第1章 中国で何が起こったのか
 第2章 中国が疑う、ウイルスは米軍基地から流出した
 第3章 日本の死亡率はなぜ低いのか

 コロナ・パンデミックを契機に、米中関係は、中国が主導権を握る「新チャイメリカ(米中二極構造)」体制に突入した。 中国で何が起き、どうして覇権が逆転したのか――というのが、本書の問題意識だ。

「米国主導から中国主導」に

 そのあたりは主として「はじめに」で語られている。そのポイントを要約しておこう。

 ・コロナ禍以後の世界経済で米中二極構造は変わらないが、中身は「米国主導から中国主導」に大きく転換するだろう。
 ・中国の科学技術は米国を追い越しつつある。コロナ直前の2019年11月、中国主要都市では5G商用サービスがスタート、コロナウイルス対策でも瞬時の情報共有で力を発揮した。米国によるファーウェイ封じ込めは崩壊しつつある。
 ・中国には細菌戦への備えがあった。二つの野戦病院を短期で建設し、武漢封鎖を断行。身分証明カードと監視カメラによる住民監視。位置情報も把握。中国は二か月余りの断固たる統制措置でコロナを抑えた。ところが米国は感染拡大が続いている。

 中国の住民監視の徹底ぶりについて、西側からは「人権侵害」の声も上がった。しかし、中国は方針を変えなかった。「人権と生存権を比べて、どちらが必須であろうか」「人権制限を甘受しつつも生存戦略を第一に置くのは当然ではないか」というのが中国側から聞こえてくる声だという。

 要するに「軍事管制」。他国には「模倣できないシステム」だ。その功罪はともかく、今回のコロナ対応で、「これが実践(あるいは実戦)において成功した事実は誰もが認めざるを得ないのではないか」と著者は記す。

今も続く旧日本軍の化学兵器処理

 本書は著名なチャイナウォッチャーの本というだけあって、コロナ対応についての中国国内情報に詳しい。発生当初からの動きを、かなり細かな話も混ぜながら時系列に沿ってドキュメント的に再構成している。

 その中に「中国軍を緊張させた生物兵器テロ疑惑」という項目があった。そこで意外なことを知った。2014年から15年にかけて、武漢郊外では、旧日本軍が遺棄した化学兵器の廃棄作業が行われていたというのだ。その様子を当時、新華社電は次のように伝えていた。

 「戦争が終結して約70年になるが日本遺棄化学兵器は依然として中国の関係地域の人民の生命と財産及び生態環境の安全に甚大な脅威と危害を与えている」

 つまり中国軍は日中戦争時の731部隊などによる化学兵器・生物兵器による秘密作戦を忘れていないというのだ。6~10日間で完成させた2500床の野戦病院には、全国から4万2000人の医療スタッフが動員された。うち3000人が人民解放軍の防疫部隊に属する要員だったという。著者は「事前に用意されたマニュアルなしにはとうてい不可能な突貫工事と動員であり、中国軍の生物兵器作戦に対する警戒心の一端が知られる」と書いている。731部隊などの痛恨の教訓が、中国のコロナ対策に生きていた、ということになりそうだ。

 そういえばBOOKウォッチで紹介した『陸軍登戸研究所〈秘密戦〉の世界――風船爆弾・生物兵器・偽札を探る』(明治大学出版会)によれば、戦前の日本軍は小麦・稲・トウモロコシなど植物を対象とした細菌兵器も研究していた。実験は中支那派遣軍総司令部と連携し、中国湖南省洞庭湖の周辺で行われたそうだ。地図で見ると、武漢から200キロほどしか離れていない。日本人はすっかり忘れているが、こうした歴史的事実も、中国軍には伝承されていることだろう。

武漢の世界軍人オリンピック

 本書ではウイルスの原因説についても多方面の情報を集めている。中国科学院武漢ウイルス研究所からの流出説があることは広く知られている。本書では、同研究所の研究チームを率いる石正麗研究員に対する、自称米国在住の研究員「武小華の告発」という形で広まったことが報告されている。「石正麗よ、お前が公開したデタラメを、私、武小華が暴露する」というもので、執拗かつ組織的な個人攻撃の形をとっていたという。本書ではその長文の「告発文」も掲載されている。石研究員はフランスのパスツール研究所に留学し、米国の感染症研究で著名なノースカロライナ大学とも共同研究を行っていた。

 研究者レベルの複雑な確執がありそうなことがうかがえる。「流出説」についてはすでに国際的にファクトチェックが行われ、「実験室で作られた」というのはデマ情報とされていることも紹介されている。「生物兵器説」についても同様だ。

 一般に、今回のコロナ禍は中国発生とされているが、本書では米国で、中国よりも先にコロナウイルス感染者がいた可能性も指摘されている。中でも興味深いのは、19年10月に武漢で開催された「世界軍人オリンピック」にまつわるものだ。米国選手369人が参加したが、うち5人が「マラリア」なる輸入感染症にかかり、2人が入院。5人とも選手団とは別の軍用機で帰国したという。

 この「世界軍人オリンピック」では、「ひどいインフルエンザ」がまん延していたという。欧州各国からの参加選手が地元メディアに語っている。中には、「新型コロナ」を疑う証言もあるが、日本ではこのオリンピックに絡んだ報道はほとんどされていないようだ。

ロックフェラー財団の予測が当たる

 本書はとにかく意外な情報が豊富だ。中でも驚いたのは、2010年に米国ロックフェラー財団が未来学者に依頼したという論文だ。その中では、2012年に鳥インフルエンザパンデミックが発生、世界人口の2割が感染、800万人が死亡した場合の予測が出ている。中国の対応については、以下のように記されていたという。

 「中国政府は即座にすべての国境を閉鎖すると共に、すべての市民に検疫を課して、数百万の生命を救いウイルスの拡散を他国に先駆けて防止しパンデミック後の速やかな回復をもたらした・・・」

 この部分は現在のところ、未来学者の予想通りになっている。矢吹さんは「中国が成功したのは、特有の政治・社会システムに依存することはいうまでもない。そしてコロナ対策を通じて、このシステムはより強化されたと見てよい」として、以下のように総括する。

 「中国システムはこの試練に乗じて前進し、旧指導諸国は影響力を失う。本書の題名は、この観察に基づいて名付けられた。このような隣国と世界はどうつきあうのか。日本はどうつきあうのか」

 本書は、「中国一強論」以外にも、いろいろと読みどころがある。特に日本のPCR検査の立ち遅れには手厳しい。とにかく80歳を過ぎてなお世界的に最もホットな問題に関して多方面から情報を収集し、一冊の本にまとめ上げ緊急出版する矢吹さんのエネルギーには脱帽した。中国の国際的な地位がコロナ禍を「追い風」に、歴史的に見て未曽有の新たなレベルに上昇しつつある、という中国ウォッチャーとしてのリアルな認識があるからだろう。

 BOOKウォッチでは、関連本を多数紹介している。中国人民解放軍とコロナウイルスの関係については、『中国共産党と人民解放軍』 (朝日新書)、20世紀の中国史については『傀儡政権――日中戦争、対日協力政権史』 (角川新書)、731部隊については『731部隊と戦後日本』(花伝社)、中国が予言していた新しい戦争については『超限戦――21世紀の「新しい戦争」』(角川新書)など。中国の科学技術研究の急速な発展や競争の激しさについては、『海外で研究者になる――就活と仕事事情』(中公新書)、『日本の「中国人」社会』(日経プレミアシリーズ)、中国政府の国民監視強化については、『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)や『習近平のデジタル文化大革命』(講談社+α新書)などで取り上げている。



 
  • 書名 コロナ後の世界は中国一強か
  • 監修・編集・著者名矢吹晋 著
  • 出版社名花伝社
  • 出版年月日2020年7月25日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・174ページ
  • ISBN9784763409355

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