ありふれた法廷ミステリーかと思い、手にした本書『法廷遊戯』(講談社)だが、精緻な論理と大胆な構想力に圧倒された。ロースクールを舞台にした青春群像劇としても、ほろ苦く印象に残る作品になっている。
著者の五十嵐律人さんは、1990年岩手県生まれ。東北大学法学部卒業後に司法試験合格。本作(「無辜の神様」より改題)で第62回メフィスト賞を受賞し、デビュー。随所に法律的思考や知識が生かされている。
舞台になるのは法都大ロースクール。過去5年間、司法試験に合格した者はいないという底辺ロースクールだ。
司法試験合格者数の大幅増をめざして導入されたロースクールだが、一部の上位ロースクールに合格者が集中。合格者がゼロに近いロースクールは、すでにいくつか廃校になっている現実がある。
主人公の久我清義は、学費全額免除の特待生で、合格が見込まれる数少ない学生だ。ロースクールには模擬法廷の講義もあるが、清義は、「無辜(むこ)ゲーム」という学生同士の、一種の模擬法廷の告訴者になった。無辜とは、罪のないこと。また、その人を指す。
ゲームのルールは次のようなものだ。
「告訴者は、自己の身に降りかかった被害を罪という形で特定した上で、必要な証拠調べを請求して、罪を犯した人物を指定する。審判者が抱いた心証と告訴者の指定が一致した場合は、犯人は罰を受ける。両者の間に齟齬が生じた場合は、無辜の人間に罪を押し付けようとした告訴者自身が、罰を受ける」
清義が少年時代に犯した傷害事件を暴露し、それとなく清義との関連を疑わせる写真と文書が教室に撒かれていた。見過ごせなかったのは、同じ児童養護施設にいた織本美鈴が集合写真に写っていたことだ。美鈴も今、同じロースクールにいた。場合によっては、最悪の事態になるため、清義はゲームの告訴者となった。
ゲームで裁判官役となる審判者は、すでに司法試験に合格し、このロースクールに入ってきた結城馨がいつも務めていた。
ロースクールを経由しないで受験資格を得られる「予備試験」という狭き門を経由しての合格で、他の学生とはレベルが違う学生だ。学者をめざしているとのことだった。
この無辜ゲームでは、ある学生による名誉棄損が認められ、「24時間の社会的信用のはく奪」という罪が言い渡された。悪ふざけをしただけだという学生には何者かが資料を提供していることが分かった。
清義と美鈴が施設出身であることを明らかにして、犯人は何を目論んでいるのか。ある秘密を抱える二人に何者かが忍び寄る。
本書は第1部がロースクールを舞台にした「無辜ゲーム」、第2部が実際の法廷を舞台にした「法廷遊戯」という構成だ。ロースクールを修了した二人は司法試験に合格。その後、美鈴はある殺人事件の被疑者として逮捕され、公判中だ。清義は弁護士となり、美鈴を弁護する。単純な事件ではなかった。美鈴は不起訴ではなく起訴を望み、法廷である罪を打ち明けようとしていた。その動機はいったい何なのか?
本書には一見すると不合理と思える行動がいくつも登場する。しかし、それは実際には合理的な行動であり、法律の裏付けがあることが分かる。このあたりは司法試験に合格した著者ならではの緻密なストーリーが展開する。
五十嵐さんは、その後、弁護士など法曹の道を歩んでいるかどうかは明らかにされていない。しかし、次作『不可逆少年』(講談社)が予告されているので、しばらくは法廷ミステリーの書き手となるようだ。
メフィスト賞受賞者は一風変わった作品で知られる。BOOKウォッチでは、古野まほろさん『新任警視』(新潮社)、砥上裕將(とがみ ひろまさ)さんの『線は、僕を描く』(講談社)、辻村深月さんの『太陽の坐る場所』(文春文庫)、黒澤いづみさんの『人間に向いてない』(講談社)などを紹介している。
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