「元警察キャリア 入魂の警察小説」というキャッチにひかれて手にしたのが、本書『新任警視』(新潮社)。警察小説にしばしば登場する公安刑事をきわめてリアルに描写しているのが特徴だ。637ページという大作だが、面白さに一気読みした。
著者の古野まほろさんは、東大法学部卒の元警察キャリア。警察署、県警本部、警察庁などで勤務し、警察大学校主任教授で退官。2007年、『天帝のはしたなき果実』で第35回メフィスト賞を受賞し、デビュー。「天帝」シリーズのほか、『新任巡査』『新任刑事』(いずれも新潮社)と警察小説の系譜もある。覆面作家でもある。
「本当に警察キャリアなのか?」と疑う向きもあるだろう。評者は以前、古野さんが書いた『警察手帳』(新潮新書)を読み、複雑な警察組織を内部の用語を交え、明解に解説するさまに「間違いない」と確信した。同書では、公安部門に在籍していたことも明かしていた。
さて、『新任警視』である。主人公の司馬達は著者の略歴をたどったような人物に設定されている。東大法学部を卒業、警察庁に入庁。社会人1年目の警察大学校と、都道府県警察の現場、社会人2、3年目の警察庁勤務を経て、ふたたび警察大学校に入校。すでに警視となっている。
都道府県警察に入ると、巡査からスタート。昇任試験をいくつも経て警視になるのは早くて40代だから、警察庁キャリアがいかに特殊な立場にいるかがわかる。彼らは警察庁と都道府県警察を往復しながら、出世のステップを駆け上がっていく。
司馬の新しい任地は愛媛県を思わせる愛予県。ポストは愛予県警本部警備部公安課長だ。警察庁では部下がいない最末端から70人近い部下がいる所属長となる。25歳の若造に務まるか、不安になる司馬。しかし、さらなる重圧がかかる。公安警察の裏部隊が「MN」と符丁で呼ぶ某宗教団体の本部が愛予県にあり、オウム真理教事件のような重大事態が発生するかと緊張が高まっていたのだ。
「MN」とは、キリスト教原理主義過激カルト、「まもなくかなたの」のことで、「新たな治安攪乱要因」とされていた。事件化するネタを探し出し、先制ガサをかけるのが、司馬のミッションとなった。しかし、引継ぎをする矢先に前任者は県警本部の自室で毒殺される。外部の者が出入りした形跡はなかった。いったい、誰がどうやって?
本書の読みどころは三つある。一つは謎解き。前任者が肌身離さず持っていたフロッピーディスクが盗まれたことから、MNによる犯行と思われた。県警内部にMNのスパイがいたのか? 県警もMN内部にスパイを送りこんでいた。お互いにモグラたたきをする攻防が見ものだ。事件の解決も刑事警察と異なる公安警察独自の手法で、とだけ言っておこう。
もう一つは、公安課長司馬警視と地元警察官とのやりとりだ。約2000人いる愛予県警にあって、警察庁からのキャリアは本部長、警務部長、捜査二課長と司馬の4人に過ぎない。地元のドンのような存在の上司の警備部長や自分の父親の世代にあたる直属の次長らとの人間関係をいかに構築しながら、MNに対峙していくのか。司馬の成長小説(ビルドゥングスロマン)としても読める。
さらに、公安警察についても多くの知見を得られるだろう。フロッピーディスクと書いた通り、本書は1999年の設定だから、現在はデジタル化がさらに進み、保秘のあり方は相当進化しただろう。しかし、仕事の基本はあまり変わっていないと思う。警察小説では刑事警察との確執が面白おかしく書かれることの多い公安警察。彼らが何を思い、どのように行動しているのか、かつて当事者だった著者は、差し支えない範囲で開陳している。フィクションとはいえ、元キャリア警察官僚が、保秘が厳しく求められる公安警察の内情を書くのは、ノンキャリの捜査員からすると、複雑な思いがあるかもしれないと思ったりもした。
警察小説として以前BOOKウォッチで紹介した『十三階の女』(双葉社刊)では、警察庁直轄の諜報組織は、「十三階」の符丁で呼ばれていた。他のノンフィクションによると、「サクラ」「チヨダ」「ゼロ」と時期によって変わったという。本書では「八十七番地」とされている。100-13=87。本当は何と呼ばれているのだろうか? そんなことを考えた。
このほかにBOOKウォッチでは、元・警察キャリア官僚が書いたとされる『官邸ポリス 総理を支配する闇の集団』(講談社)、また、『内閣情報調査室――公安警察、公安調査庁との三つ巴の闘い』 (幻冬舎新書)、『日本の情報機関―知られざる対外インテリジェンスの全貌』 (講談社+α新書)などを紹介済みだ。
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