先ごろ本欄で『内閣情報調査室』(幻冬舎新書)を紹介したが、余りにも評者の基礎知識が欠けているので、関連書をいくつか探してみた。そのなかで、よくまとまっているのではないかと思ったのが、本書『日本の情報機関―知られざる対外インテリジェンスの全貌』 (講談社+α新書)だ。2007年刊だから10年ほど前の本だが、現在につながる日本の情報機関の概況が手際よく紹介されている。
著者の黒井文太郎さんは1963年生まれ。『軍事研究』記者を経て本書刊行時は『ワールド・インテリジェンス』編集長。著書に『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作に『生物兵器テロ』『最新!自衛隊「戦略」白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』などがある。
『軍事研究』の記者だったというだけあって、自衛隊には詳しい。本書は10章に分かれているが、トップに出て来るのは「防衛省・自衛隊のインテリジェンス」。中枢になっているのは防衛大臣直轄の「情報本部」。1997年の創設だ。メディアの取材を一切受け付けていないので、実態は秘密のベールに包まれているとしているが、陣容は07年現在の実数で2300名強。日本の情報組織では最大だ。そのうち約1900名が自衛官で、他は事務官。本部長は制服組の将クラス。
要員の半数近くは「電波部+通信所」に属し、ロシア、中国、北朝鮮など周辺国を飛び交う様々な電波のキャッチと分析をしている。このほかにも自衛隊には陸海空自衛隊の幕僚部や独自の専門部隊がある。陸上自衛隊は07年に「中央情報隊」というインテリジェンス分野の統括部隊を新設しているという。全体の組織図や、各セクションの役割についても詳述されている。
本書は続いて、「第2章 北朝鮮弾道ミサイル発射実験で迷走した『情報』」、「第3章 内閣衛星情報センターと情報収集衛星の実力」、「第4章 工作船事件の全『情報ルート』を検証する!」、「第5章 外務省『国際情報統括官組織』の能力とは」、「第6章 知られざる『外事警察』の実像」、「第7章 激震の公安調査庁」、「第8章 合同情報会議と内閣情報調査室」、「第9章 その他の情報機関」、「終章 日本のインテリジェンス能力」という構成。防衛省のほか外務省、警察庁、公安調査庁、内閣情報調査室など主要な情報機関を総覧している。
こうした組織の概要は複雑すぎて、なかなか頭に入らないが、素人読者がホホウと思うのは、著者自身の解説が聞こえてくる部分だ。防衛省・自衛隊のインテリジェンス部門は「自衛隊の世界的な活動にともない、グローバルな情報活動に対応できる情報機能の拡大が模索されている」。陸上自衛隊の小平学校には、独自に語学や情報の分野を教育する機関があることを紹介、「防衛省・自衛隊のインテリジェンス教育の制度はかなり充実している」と書いている。
これはどういうことかと推測するに、要請されれば、世界のどこにでも飛んで行けるように着々とノウハウを蓄積しているということだろう。PKOや、最近では集団的自衛権などで、いつどこに行かされるか分からない自衛隊。様々なシミュレーションをしながら、行かされそうな紛争地の実情や言語をふだんからひそかに研究しているに違いない。周辺国の脅威から日本を守る、という従来の「専守」にとどまらず、世界規模で「プレゼンス」を大きくすることを強いられている自衛隊の役割の変容ぶりが浮かんでくる。
日本はしばしば「スパイ天国」などと言われるが、本書で笑ってしまったのは「コラム」で記されている「今や日本は『スパイ組織』大国!?」という一文だ。国内治安は安定しているが、北朝鮮や中国の動きが不安定になり、イスラム過激派のテロ・ゲリラ活動が国際化。対外情報の収集がこれまで以上に重視されるようになった。その結果、諜報的な「インテリジェンス活動」を国内各組織が競って重視するようになったというのだ。
「コラム」によれば、かつて英訳では「リサーチ」にとどまっていた組織名が次々と「インテリジェンス」を付加されたり、改められたりしている。ハイレベルの海外情報を入手するには、どうしても海外のインテリジェンス機関と連携を密にする必要がある。ついてはこちらの組織の名前も「インテリジェンス」でないと国際的には相手にしてもらえない、というわけだ。
その先鞭をつけたのは「内閣情報調査室」。かつては、「キャビネット・インフォメーション&リサーチ・オフィス」というシンクタンクのような名前だったが、「キャビネット・インテリジェンス&リサーチ・オフィス」に変わった。公安調査庁も2000年代に入って「パブリック・セキュリティ・インベスティゲーション・エージェンシー」から「パブリック・セキュリティ・インテリジェンス・エージェンシ-」にこっそり改名。ほかにも外務、防衛、警察の関係組織が軒並み英文の呼称を「インテリジェンス」に。
既述のように「インテリジェンス」は諜報だから、「情報」「調査」という日本語とはギャップがある。日本人が知らない間に、海外から見ると日本に「諜報」セクションが乱立、日本は「スパイ組織大国」になっていたというわけだ。「外国人からすると、今、日本ではインテリジェンス機関が雨後の筍のようにいきなりどんどん誕生しているようにみえるかもしれない」と「コラム」で書いている。
こうして乱立気味の「諜報組織」だが、本書はそれらの関係者が引き起こした失態についても触れている。公安調査庁は本書執筆中の07年6月、元長官が詐欺事件に連座して逮捕された。「同事件は朝鮮総連から億単位の資金を騙し取った事件という構図に収まりつつあるが、公安調査庁はもともと、朝鮮総連を監視対象とする調査機関である」とあきれている。
本書で初めて知ったのだが、99年に日経新聞の元記者が北朝鮮で旅行中に逮捕され、2年以上にわたって拘置された事件については、「その元記者は公安調査庁の協力者だった」と断言している。本書では外務省や自衛隊の"緩み"も報じている。
警視庁については当時すでに、イスラム・テロ対応の要員を増やし、対応を強化していることが書かれている。ところが、本書刊行後の2010年、公安部の国際テロ捜査情報、とりわけイスラム関連情報がネットに大量流出して大問題になったことは記憶に新しい。
アメリカの諜報活動を次々と内部告発したスノーデンは米国国家安全保障局(NSA)および中央情報局(CIA)の元局員だった。情報はおひざ元から漏れやすいものだと痛感する。
著者の黒井さんは、本書執筆で石破茂・元防衛庁長官、大森義夫・元内閣情報調査室長ら多数の人のお世話になったと書いている。そのほか、外務省の本流ではなかったような人の名前も挙げているが、著者自身は「日本のインテリジェンス機関の発展・向上を願う立場にあり、本書も決して"暴露"の類を目的としたものではないことは、一読していただければ理解いただけることと思っています」と念を押している。
本欄では関連で、『官邸ポリス 総理を支配する闇の集団』(講談社)、『スノーデン 監視大国 日本を語る』(集英社新書)なども紹介済みだ。
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