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えっ、「京都御所」を燃やした天皇がいた!?

京都を壊した天皇、護った武士

 常識とは正反対のことがタイトルになっている。『京都を壊した天皇、護った武士』(NHK出版新書)。歴代の天皇が京都を護り、武士が戦乱で京都を壊したのかと思いきや、その反対だというのだ。「都を戦場にした後鳥羽、後醍醐による内裏の放火、民衆を犠牲に巨大化する御所」「京都拡大の不都合な史実!!」というキャッチが躍る。これは容易ならざる話だ。本当にそうなのか。

小さかった「京都御所」

 著者の桃崎有一郎さんは1978年生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科後期博士課程単位取得退学。博士(史学)。現在、高千穂大学商学部教授。専門は、古代・中世の礼制と法制・政治の関係史。著書に『「京都」の誕生』(文春新書)、『室町の覇者 足利義満』、『武士の起源を解きあかす』(ともにちくま新書)、『平安京はいらなかった』(吉川弘文館)など。

 著者の経歴を見る限り、真っ当な歴史学者であり、本書はNHK出版新書。いわゆるトンデモ本ではない。

 イントロのところで、いくつか参考になる話があった。まずは「京都御所」(内裏)の広さ。私たちは、今の場所で長年、あの広さが維持されてきたと思いがちだ。ところが著者によると、そうではないというのだ。現在の京都御所は南北453メートル、東西254メートル。今の場所に落ち着いた14世紀半ばは約60メートル×約120メートル。なんと6パーセントあまりの広さに過ぎなかった。15世紀の初めに足利義満が2倍に拡張したが、それでも13パーセントにとどまった。

 平安京の内裏は約300メートル×219メートルと伝わるから、かなり広かった。中世に入って急縮小したことがわかる。著者は「いい換えれば、その程度の広さの宮殿しか必要としないほど、朝廷と天皇の果たした役割は小さかった、ということである。中世を通じて、武士の権力闘争は激しさを増す一方、天皇の権威は縮小の一途をたどったのだから、当然だった」と記す。

 ちなみに「京都御所」という名は明治以降のもので、それまでは単に内裏とか禁裏と呼ばれていたという。

驚くべき「書き換え」

 その中世に、本書で「御所」を燃やしたとされるのが、後鳥羽上皇、後醍醐天皇だ。

 後鳥羽上皇は承久の変(1221年)で有名だ。討幕の兵をあげたが、鎌倉幕府軍に鎮圧され隠岐に配流された。その直前の1219年、後鳥羽は配下の武士に命じ、「大内守護」の源頼茂を襲わせていた。「大内守護」とは大内(内裏)の警備責任者だ。大内の一角に住んでいた頼茂は自害し、自分の首をとられないため、大内に火を放った。

 頼茂は後鳥羽から幕府転覆計画に誘われたが、渋ったから襲われた、と桃崎さんは見る。追い詰められた頼茂が火を放つと想像できなかったのなら、後鳥羽の驚くべき無知だし、想像していながら決行したのなら驚くべき独善――すなわち大内は後鳥羽が焼いたに等しい、後鳥羽上皇は率先して朝廷を傷つけた張本人、と断ずる。

 後醍醐天皇は南北朝の内乱の主人公。1336年、内裏として使われていた富小路殿が焼けた。この事件は長年、京都を攻撃した足利軍の放火とされてきた。東大史料編纂所の『大日本史料』や戦前に宮内省が作った『後醍醐天皇実録』などの説だ。桃崎さんは「それはひどい言いがかりで、冤罪だ」と主張する。なにしろ、この出来事についての信頼できる記録・文書に「足利軍が放火した」と明記しているものは一つもないのだという。

 ではなぜ足利軍の仕業とされたのか。実は『太平記』に「軍勢が京都に入り、後醍醐の比叡山移住に随行した人々の家や多数の屋形に放火した・・・その猛火は内裏に延焼し・・・内裏も灰になった」という記述があるそうだ。

 ただし、『太平記』は軍記物。本質的には文芸作品だ。史料ではない。そこで、桃崎さんがさらに調べて、驚くべき「書き換え」が行われていることを突き止めた。

 私たちが手にする『太平記』は「流布本」といって、時代を経る中で手が入っている。軍記物は、改変がもっとも少ない「古態本」を探す必要がある。その一つ、「西源院本」には後醍醐の側近だった名和長年が後醍醐に随行して京都脱出した時のことが出ている。「流布本」にはない場面だ。そこには名和が、「内裏に火をかけ」てから、比叡山に向かったことが書かれている。つまり火を放ったのは後醍醐の側だった。これは「自焼」といって、中世の合戦の常とう手段だ。撤退して逃げる時に、拠点の痕跡を残さないようにする。応仁の乱の火災も多くは「自焼」だったという。

「官位制度」を牛耳る

 本書のタイトルにある「護った武士」とは、内裏の建築や再建が常に武士の手で行われたということだ。幕府が主導し、時には全国の武士らから金を集めて、工事が行われていた。武家政権にとって、朝廷は金食い虫ということになる。ではなぜ、滅ぼさなかったのか。そのことについても説明されている。

 学校の教科書ではあまり教えられない、朝廷の持っていた権能――それは「位階」と「官職」の制度を握っていたということだという。「位階」とは一位、二位など数値化された個人のランキング。「官職」とは朝廷での役割を示す肩書だ。合わせて「官位」という。連綿と続いてきた制度だから、歴史上の人物とも比較できる。右大臣になるということは、平安時代の菅原道真と同格ということがすぐにわかる。時代を超えて個々人の価値を測れる物差しであり、日本社会の普遍的な座標軸となってきた。その官位を管理してきたのが朝廷だ。天皇の名で官位が与えられる。実務は廷臣が担った。鎌倉幕府以降、武家の時代になっても、大名や武士は、幕府内の秩序を決めるのに官位を利用した。簡便に人の社会的価値を判断できる、重宝なシステムだったからだ。

 官位とは天皇との距離を測る物差しでもあった。ゆえに「原点」に相当する天皇の存在が不可欠だった。

 平家や木曽義仲は朝廷を踏みにじり政権を奪おうとしたが、滅亡する。それは、このシステムの中で生きてきた多くの有力者=既得権者=世間の反発を買ったからだという。頼朝以降の幕府は、朝廷の権力を蝕みつつも、朝廷の存続に貢献する意欲は失わなかった。したがって、内裏再建にも尽力した、というわけだ。

 社会が支持しているのは、この官位システムであって、天皇個人ではない。そこを履き違えた天皇たちは、辺境に追いやられ、失意のうちに生涯を閉じたと、桃崎さんは分析する。

「関東の御威光」を示す格好の機会

 内裏は江戸時代になって急拡大する。まずは1605年、後陽成天皇の譲位話が出て仙洞御所を作ることになる。次の後水尾天皇が11年に即位したころ一気に4倍の規模になる。後水尾は家康の意向で天皇になったことで知られる。1620年には、二代将軍秀忠の娘、和子(東福門院)が後水尾の中宮に入った。その後たびたび火災で全焼、再建が繰り返され、1709年には1.6倍に。さらに18世紀末に多少拡張され、現在の広さとなった。この時の光格天皇の強い要望で、平安朝を想起させる復古調の建築様式が取り入れられたという。

 幕府は多大な出費を強いられたが、それは京都に「関東の御威光」を示す格好の機会という一面もあった。江戸幕府になってよかった、と朝廷や京都の人々に実感させるためだったというわけだ。そういえば、江戸初期の桂離宮や修学院離宮の造成にも、似たような背景がある。天皇の離宮だが、勧進元は幕府や大名だった。

 本書は全体として、著者の見解を歯切れよく書いているところが多い。たとえば、前述の後醍醐天皇による内裏の放火のくだり。足利尊氏の犯行とする通説とは正反対だ。その背景として、歴代天皇の『実録』が1915年から36年にかけて宮内省によって作られていることを指摘する。当時「天皇は絶対の正義」とされていた。後醍醐天皇は「悪の鎌倉幕府から天皇権威を取り戻すために戦った中興の英王」であり、足利尊氏は「それに逆らった極悪非道の逆賊」と見なされていた。「尊氏放火説」はそうした時代の産物とみなす。そもそも内裏が焼けた時、足利軍はまだ京都に入っていなかったのだという。

 「軍部が言論統制を盛大に行っていた時代に、後醍醐天皇の不祥事を包み隠さず公言できる可能性は、限りなく低い・・・放火で内裏が焼失するという不祥事の責任は、確たる証拠がなくても逆賊尊氏に押しつけてしまえ、と割り切られたのだろう。真実より権力への忖度を優先した、歴史の歪曲である」

 「忖度」や「改ざん」は最近の安倍政権でもしばしば指摘されている。耳の痛い関係者もいることだろう。

 BOOKウォッチでは関連で、『後水尾天皇』(岩波書店)、『伝奏と呼ばれた人々』(ミネルヴァ書房)、『公家源氏――王権を支えた名族』 (中公新書)、『奪われた「三種の神器」――皇位継承の中世史』(講談社現代新書)、『天皇と戸籍――「日本」を映す鏡 』(筑摩選書)、『徳川家康の神格化』(平凡社)、『中世史講義』(ちくま新書)、『カラー版 敗者の日本史――消えた名家・名門の運命』(宝島社新書)、『桂離宮』(朝日新聞出版)など多数を紹介している。



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  • 書名 京都を壊した天皇、護った武士
  • サブタイトル「一二〇〇年の都」の謎を解く
  • 監修・編集・著者名桃崎有一郎 著
  • 出版社名NHK出版
  • 出版年月日2020年6月10日
  • 定価本体850円+税
  • 判型・ページ数新書判・254ページ
  • ISBN9784140886250
 

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