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「水墨画家」が青春×水墨画を描いたデビュー作!

線は、僕を描く

 砥上裕將(とがみ ひろまさ)さんのデビュー作『線は、僕を描く』(講談社)に注目が集まっている。「講談社、2019年大本命!」と帯にあるが、大手出版社が「大本命」と銘打った作品を評者はあまり見たことがない。本書は「第59回メフィスト賞」と「ブランチBOOK大賞2019」を受賞し、「2020年本屋大賞」にノミネートされている。

 「水墨画という『線』の芸術が、深い悲しみの中に生きる『僕』を救う」――。大学生の僕の成長物語を「水墨画」という切り口から描いている点が斬新だ。本書は本格的に「水墨画」の本質を描ききった、異色の青春小説と言える。

水墨画を描く上で大切に思ってきたこと

 本書の最大の特徴は、そのまま水墨画の解説本になりそうなほどの緻密な描写だろう。あまりにも高度で専門的だと思ったら、砥上さんは1984年生まれ、福岡県出身の水墨画家だった。本書の公式サイトによると、本書は砥上さんが水墨画を描く上で大切に思ってきたことが詰まっているという。

 「細かい技法や、筆を持つときの心の在り方、そして描き進めていくときの感覚など、こんなことまで書いて伝わるのだろうか? ここまで書いて大丈夫か? というようなことも丁寧に書いています」

 砥上さんは水墨画について「色彩を排し、毛筆という不安定な用具を用い、描いたものを二度と消すこともできない制限だらけの絵画」としている。

 「そんな手法で森羅万象という複雑で巨大なものに挑み続ける時、『人ってなんだろう? 生命ってどういうことだろう? 自然ってなんだろう?』と思わずにいられなかった経験が、この小説を書きあげていく時の力になりました」

 登場人物もストーリーもとっつきやすく、所々ユーモアがある。水墨画の知識や興味がなくても面白く読めて、構えることなく水墨画の奥深さに触れることができるだろう。

なぜか巨匠に見出される

 大学一年生の僕・青山霜介(そうすけ)は事故で両親を失った。「僕はどうしようもない人間になり果てていた......両親といっしょに僕自身の一部も、死んでしまったように感じていた」と、喪失感に苛まれていた。

 ある日、アルバイト先の展示場で僕は水墨画の巨匠・篠田湖山(こざん)と出会う。作品の感想を求められ、思いついたことをコメントしたところ、僕は湖山に気に入られ内弟子として入門することになった。水墨画初心者の、一法学部生の僕が、なぜ巨匠に見出されたのか――。これは前代未聞の出来事だった。

 湖山の孫・千瑛(ちあき)は納得がいかず、「こんなひょろひょろで弱っちそうな人」をなぜ内弟子にするのかと猛反発。翌年の「湖山賞」をかけて、千瑛は僕と勝負すると宣言した。

 僕は湖山の邸宅に招かれ、水墨画を教わりはじめる。湖山の指導は、細かい技術や作法ではなく、水墨画の本質に気づかせるものたった。ある日、硯で何度も墨をするよう指示された。最初はまじめにすっていたが、次第に疲れてきた僕は、いろいろ考えるのをやめ、なんとなく手を動かし、「適当に」すった。驚いたことに湖山は「適当に」すった墨がいいと言った。

 「力を入れるのは誰にだってできる、それこそ初めて筆を持った初心者にだってできる。......本当は力を抜くことこそ技術なんだ。......まじめというのはね、悪くないけれど、少なくとも自然じゃない」

 「水墨は、墨の濃淡、潤渇、肥瘦、階調でもって森羅万象を描き出そうとする試みのことだ。その我々が自然というものを理解しようとしなくて、どうやって絵を描けるだろう? 心はまず指先に表れるんだよ」

 「力を抜くことこそ技術」をはじめ、湖山の言葉は示唆に富んでいる。僕は時間とともに言葉の意味を理解し、自分の中に取り込んでいく。水墨画の腕を上げることは、自分の内面を磨くことでもあった。

描くことで再生していく

 水墨画との出会い、人との出会いに恵まれた僕は、自分の居場所と肉親に近い存在を得た。水墨画は「線」の芸術であり「命」を描くもの。描くことで僕は再生していく。果たして一年後、僕と千瑛の勝負の行方はどうなるのか――。

 本書の公式サイトでは、水墨画の道具・用語・登場人物が写真・イラストで紹介されていて見応えがある。砥上さんのメッセージもじっくり読める。事前にこれらの情報を得ておくと、本書の理解度がグンと上がるだろう。

 書店員などからの大絶賛コメントが多数載っているが、評者はやや違和感があった。登場人物全員が善良である、初心者の僕が巨匠に見出される、叱責されることなく温かく育成される......など、全体的に順風満帆過ぎるのではないかと。ただ、僕のスタート地点は両親の事故死。そこで十二分に打ちのめされたのだからこうした展開がよかったのか、とも思った。

 本書は小説だから、登場人物が描く水墨画は想像するしかない。しかし、僕が言葉を駆使して作品の特徴を表現することで、線の勢いや濃淡が見えてくる気がした。著者の水墨画への熱と僕の水墨画への眼差しが、一体化したようだった。

 なお、本書は堀内厚徳さんによって漫画化され、昨年(2019年)6月に本格水墨画漫画として「週刊少年マガジン」で連載がスタートした。

  • 書名 線は、僕を描く
  • 監修・編集・著者名砥上 裕將 著
  • 出版社名株式会社講談社
  • 出版年月日2019年7月 3日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・322ページ
  • ISBN9784065137598
 

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