本書『骨董探偵 馬酔木泉の事件ファイル』(宝島社)は、ミステリー小説でありながら陶芸の解説書とも言えそうだ。物語の鍵を握るのは、国宝「曜変天目(ようへんてんもく)茶碗」。2016年に「開運! なんでも鑑定団」(テレビ東京系)に出品された陶器が「曜変天目」と評価された後、偽物だとする意見が寄せられる一件があったが、現在もその真贋論争に決着はついていない。
著者の一色(いっしき)さゆりさんは、1988年京都府生まれ。東京藝術大学芸術学科卒業。香港中文大学大学院美術研究科修了。2015年に第14回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、16年に『神の値段』でデビューした。現在は学芸員として都内の美術館に勤務している。本書は、美術の専門家である著者ならではの知識が凝縮された1冊。正直、陶芸の素人にとっては慣れない言葉が多く、物語の展開以上に陶芸の解説を理解するのに必死になった。
「天目」とは「中国浙江省天目山の禅院で使われていた什器を、日本の禅僧が持ち帰ったところから由来する。東洋独自のやきものとして古来より各地でつくられた」。「曜変天目」は「天目茶碗」のうち最上級のものとされ、現存するのは世界で三椀のみ。そのすべてが日本にあり、国宝に指定されている。「曜変天目」は陶芸史上最大の謎とされ、多くの陶芸家が再現するため研究に励んでいるという。
主人公・町子が、京都の鞍馬山の麓にある人間国宝候補・西村世外(せがい)の窯元で住み込みの手伝いを始めて、もうじき半年。町子は、世外が作り上げた茶碗「曜変天目」を目撃する。それは「漆黒の地に散らばる大小さまざまな斑紋の周りを、貝殻の内側のごとく滑らかな輝きが埋め尽くす。見る角度によって色は変化し、爬虫類の鱗をも連想させる」ものであり、人力の及ばない偶然によってしか生成されない幻の器だ。
世外は町子に「曜変天目」に関して口外を禁じるが、その直後に遺体となって発見された。世外はなぜ作り、隠し、殺されたのか? 世外の息子、妻、弟子、元弟子...どの人物が犯人でもおかしくないと思わせる状況の中、二人目の被害者が出た。町子は、美大の先輩で保存科学の専門家・馬酔木とともに、不吉な国宝茶碗の秘密と事件の謎を解く――。本書は、17年に宝島社より単行本として刊行された『嘘をつく器 死の曜変天目』を改題、加筆修正し、文庫化したもの。
「OTEKOMACHI」の著者インタビューによると、「自分で体験していないことなので書くのが大変」で、陶芸の世界の知人や母校の教授に取材したという。とはいえ、著者の美術に関する豊富な知識が土台にあってこそ、ここまで詳細に書けるのだろう。現在、アートセラピストを主人公にした作品を執筆中という。学芸員経験がある作家では原田マハさんが人気だが、一色さんも美術を題材にしたミステリーという独自のスタイルで、今後も楽しませてくれそうだ。
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