著者の山口恵以子(えいこ)さんの名前を聞いたことがない人も、「あのおばちゃん」といえば思い出すかもしれない。2013年に丸の内新聞事業協同組合の社員食堂に勤務するかたわら書いた『月下上海』で松本清張賞を受賞した、あのおばちゃんだ。
本書「食堂のおばちゃん」シリーズは、その山口さんが得意の心温まる料理と人情を描いて人気を博し、累計12万部を突破した。本欄で紹介した『婚活食堂』(PHP研究所)と同じく、山口さん自身の社員食堂での勤務経験が活かされている。
本書『ふたりの花見弁当 食堂のおばちゃん4』(角川春樹事務所)は、シリーズの愛読者にとって待ちに待った続編だ。登場人物の関係性はすでに熟して出来上がっている感があるが、第1弾から順に読まないと展開についていけないかも...という初めての方も、心配無用。「はじめ食堂」の一子と二三が温かく招き入れてくれる。
本書の舞台は、東京都中央区の佃にある「はじめ食堂」。姑の一一子(にのまえ いちこ)と嫁の二三(ふみ)、手伝いの万里(ばんり)の三人で営んでいる。「はじめ食堂」はもともと、東京オリンピックの翌年に一子と亡き夫が洋食屋として始めた。その後夫が亡くなり、息子と定食屋に衣替えをした。息子に先立たれて、今に至る。一子と二三は「心情的には実の母娘に近い。共にはじめ食堂を営んできた戦友であり、同志でもある」という、理想的な嫁姑関係を築いている。
「第一話 おせちのローストビーフ」「第二話 福豆の行方」「第三話 不倫の白酒」「第四話 ふたりの花見弁当」「第五話 サスペンスなあんみつ」の5作品(「ランティエ」2018年3月号~7月号で連載)を収録。全話を通して、大事件が起きることはない。誰かの抱える事情やちょっとした出来事に注がれる、登場人物たちの思いやりが印象に残る。
ほのぼのとした雰囲気に包まれ、料理や会話の描写が多い中、大切な人との別れを経験した一子と二三の心情が時折綴られている。「この世とあの世に別れても、結んだ心が消えることはない」「この幸せが長く続くと信じて疑わなかった、かけがえのない時間」「悲しみは消えたわけではない。別のものに姿を変えて心に住み着いている......懐かしさと寂しさに」。かけがえのない家族との思い出を胸に、溌溂とした二人のおばちゃんは今日も美味しい料理を提供する。
山口さんは1958年東京都生まれ。早稲田大学卒。会社勤めをしながら松竹シナリオ研究所でドラマ脚本のプロット作成を手掛け、2007年『邪剣始末』でデビューした。
本書の巻末には、日々の献立を彩る13のレシピが紹介されている。山口さんは「これからも美味しい料理を探究しながら、皆さまの心と胃袋を満たす物語を書き続けたいと思います」と結んでいる。
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