20年ほど前に話題になった単行本が新書でよみがえった。本書『超限戦――21世紀の「新しい戦争」』(角川新書)は珍しい一冊だ。どうして今ごろ新書になるのか? 理由はおそらく「中古価格3万円」という旧著の市場人気にあるのだろう。長年ネットの中古本売買サイトで引っ張りだこだったのだ。
あの「9.11テロ」を予言していた本だという。したがって、その方面に関心がある人たちには必読書なのだ。
本書は中国軍人二人の共著だ。喬良氏は中国人民解放軍国防大学教授で空軍少将。魯迅文学院と北京大学を卒業。軍事・経済関係の本だけでなく小説も書いている。異色の人だ。もう一人の王湘穂氏は退役空軍大佐で北京航空・宇宙航空大学教授。戦略問題研究センター長。『天下三分の計』『貨幣論』などの著書がある。
本書はもともと中国で1999年に出版された。そのときのタイトルは『超限戦――グローバル化時代の戦争と戦法に対する想定』。中国本土でベストセラーになり、台湾、香港などでも読まれた。アメリカ国防総省も翻訳し、アメリカ海軍大学から著者のところに「教材に使いたい」という意向が伝えられたという。
そして2001年9月11日、アメリカ中枢部へのテロが発生する。本書の内容がそれを予測していたということで、いちだんと注目されるようになった。事件翌日にはアメリカ軍の将軍の一人が、テレビで視聴者にこう語ったという。『超限戦』で中国人の将校が提起していた事態が生々しい形で目の前で起きた、あの本を読みなおす必要がある、と。日本でも直ちに翻訳され、同年12月、共同通信社から単行本として出版された。
著者二人のところには多くの電話があった。その時の心境をこう記している。
「何千という罪のない人々の命を一瞬のうちに奪ってしまうような、驚くべき残酷さは、われわれの個人的研究の成果に対する満足感をはるかに圧倒してしまった」「予言が見事に的中したからといって、少しも楽しい気分にはならない」
では本書のどこが、「9.11」を予言していたというのか。それにはまず、本書が主張する「超限戦」とは何か、ということを知る必要がある。監修者の坂井臣之助・共同通信編集委員によって、おおよそ次のようにまとめられている。
「グローバル化と技術の総合を特徴とする21世紀の戦争は、すべての境界と限度を超えた戦争で、これを超限戦と呼ぶ。このような戦争ではあらゆるものが手段となり、あらゆる領域が戦場となりうる。すべての兵器と技術が組み合わされ、戦争と非戦争、軍事と非軍事、軍人と非軍人という境界がなくなる」
本書は「第1部 新戦争論」「第2部 新戦法論」に大別され、「第一章 いつも先行するのは兵器革命」「第二章 戦争の顔がぼやけてしまった」など8章構成。それぞれに、「ハイテク戦争とは何か」「兵器に合わせた戦争と、戦争に合わせた兵器開発」「新概念の兵器と、兵器の新概念」などの細目が続く。
ちょっと読んだだけで驚くのは著者二人の博識ぶりだ。古今の哲学者、思想家、兵法家、戦略家の言葉が自在に引用される。もちろん軍事知識も豊富だ。アメリカ軍関係を含む膨大な資料や文献を参照する。教養の土台がしっかりしているので文章も反語的で皮肉が効いている。例えばこんな感じだ。
「人類に幸福をもたらすものはすべて、人類に災難をもたらすものでもある。言い換えれば、今日の世界で、兵器にならないものなど何一つない。このことは、われわれの兵器に対する認識の上で、すべての境界を打ち破るよう求めている。技術の発展が兵器の種類を増やす努力をしている時期こそ、思想上の突破によって一挙に兵器庫の扉を開けることができる。われわれから見ると、人為的に操作された株価の暴落、コンピューターへのウイルスの侵入、敵国の為替レートの異常変動、インターネットに暴露された敵国首脳のスキャンダルなど、すべて兵器の新概念の列に加えられる」
「兵器の新概念は庶民の生活に密接にかかわる兵器を作り出す・・・未来の戦争を、一般人は無論のこと、軍人でさえ想像しにくいレベルまで引き上げるに違いない・・・人々はある朝、目が覚めると、おとなしくて平和的な事物が攻撃性と殺傷性を持ち始めたことに気づくだろう」
この辺りは、テロリストに操縦された民間航空機が超高層ビルに突っ込むという「9.11」の恐怖と重なる。本書は1998年初頭の脱稿だが、すでにサイバーテロや、インターネットを使ったデマなどにも言及、いっこう古びない。恐るべき先見性だ。
ネットの古書サイトでは本書の単行本がつい最近まで3万円台で取引されていたそうだ。新書版刊行後は値下がりしたが、それでもまだ2万円前後の値付けになっている。
21世紀の戦争に関して、BOOKウォッチでは『ドローン情報戦――アメリカ特殊部隊の無人機戦略最前線』(原書房)、『サイバー完全兵器』(朝日新聞出版)、『「いいね! 」戦争――兵器化するソーシャルメディア』(NHK出版)などを紹介してきた。これらの書では21世紀の戦争が、従来の単純に軍事力を競う戦いから、ドローン戦、サイバー戦、ソーシャルメディア戦など、攻撃側の姿が見えない戦争へと変質しているということが指摘されていた。本書はそんな「新しい戦争」の姿を20年前に予言し、次のようにも語っている。
「『勇ましい武人がわが城を守る』時代はすでに過去のものだ。核戦争という言葉さえ古くさい軍事用語になってしまいそうな今日の世界では、度の強い近視眼鏡をかけた色白の書生の方が、頭が単純で筋肉が盛り上がっている大男よりもっと現代の軍人にふさわしい」
「現代の兵器システムは彼らにずっと遠くにある戦場を提供し、視界の外から敵に打撃を与えるようになっているため、必ずしも血まみれの殺し合いに直面する必要はなく、軍人たちは孔子が言う、厨房から遠く離れたえせ君子になっている。デジタル化部隊の戦士は、鉄血の武士が数千年の戦争で築き上げた揺るぎない地位に取って代わろうとしている」
『フェイクニュース――新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)などの著書がある作家の一田和樹さんは、「この本がすごいのは予言が当たったことではなく、世界に先駆けて新しい戦争と社会の在り方を描き出したことにある」と評している。
戦争論の古典的名著としてはクラウゼヴィッツの『戦争論』が有名だ。本書は当然ながらそれを念頭に新時代の戦争論を提起したものといえる。もちろん、西洋の軍事論だけでなく中国が生んだ古代からの戦略家の思想も踏まえている。そして、一田さんが指摘するように、21世紀の社会全体の変質も予言し、新たな思考による危機管理を訴えているところが本書の特徴であり、軍事関係者以外にとっても刺激になる。
BOOKウォッチでは、今中国で起きている新型肺炎との戦いもまた、「新しい戦争」ということになるだろうと、『中国共産党と人民解放軍』 (朝日新書)を紹介する中で指摘した。本書には、それを連想させるような一文もある。
「言うまでもなく、人為的に作った地震、津波、災害をもたらす気候、あるいは亜音波、新生物・化学兵器などは新概念の兵器で、通常言うところの兵器と大きな違いがある。しかし、これらの兵器もやはり軍事、軍人、武器商人とかかわる、直接的な殺傷を目的とする兵器だ。こうした意味から言うと、これらの兵器は、兵器のメカニズムを変え、殺傷力や破壊力を何倍にも拡大した、非伝統的な兵器にすぎない」
新型肺炎の主戦場、武漢には突貫工事で2600人を収容する「野戦病院」がつくられた。管理するのは中国人民解放軍。おそらくは軍医たちが治療にあたっているはず。「医療」の最前線に「軍」が乗り出すことを強いられているのだ。アメリカ軍は9.11の後で本書を予言的な書として改めて参考にする姿勢を示したが、人民解放軍も今ごろ自分たちの教官が20年以上前に表した本書を、読み直しているかもしれない。
報道によると、いち早く新型肺炎に気づいた武漢の地元医師らは、ネット上で警鐘を鳴らしていた。しかし、地元警察は逆に、彼らがデマを流していると判断し、処分していたという。医師の一人は自らも感染し、亡くなったそうだ。「新しい戦争」への認識と対応が、当局と医師の間で異なり、それが対応の遅れとなって、結果的に被害拡大に拍車をかけた可能性がある。
そういえば「武漢」という地名は、「武」+「漢」だ。「漢」は「中国」のことであり、悪漢、好漢などの字例からも分かるように「人・男」の意味もある。「武漢」の字義を本書に基づいて解釈すれば、著者が否定する「勇ましい武人」「鉄血の武士」「旧時代の軍人国家」ということになるのではないか。「新型肺炎」という「新しい戦争」には対応できにくい名だ。当局が迫りくる「超限戦」を察知しそこなったことと皮肉にもつながる感がある。
ちなみに知人の中国人によると、武漢は字義的にはその通りの意味だが、一般の中国人はそのようなことは全く意識していない。むしろ武漢は中国の真ん中あたりにあって、物流の中心。中国の東西南北から美味しいものが集まるグルメ都市、という良いイメージだという。
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