世界のあちこちで、すでに「サイバー戦争」が始まっているらしい。本書『サイバー完全兵器』(朝日新聞出版)は、その恐るべき現状と課題をまとめたものだ。著者のデービッド・サンガーさんはNYタイムズで国家安全保障を担当するベテラン記者。取材チームの一員としてこれまでにピュリッツァー賞を3度も受賞している。当然ながらシークレット話が満載。世界各国で軍事や諜報の関係者が本書を熟読しているに違いない。
著者はまず、「核兵器」と「サイバー兵器」の大きな違いから説き起こす。核兵器はその効果や危険性が周知となって、もはやどの国も簡単には使えない。アメリカでも1980年代までに、よほどのことがない限り「使えない」という国民的合意ができているという。
一方のサイバー兵器はどうか。こちらはまだ新しい。アメリカの諜報機関が議会に提出する年次報告書「世界の脅威評価」の2007年版では、サイバー攻撃について一言も触れていなかったほどだ。
ところがその後の10年間で、国家による他国へのサイバー攻撃は200件を超えていると推計されている。当初は3、4か国にすぎなかったサイバー攻撃能力を持つ国もどんどん増えて、今や約30か国に膨れ上がった。「軍事戦争」には至っていないのに、特定の国家間ではサイバー空間で攻撃が行われ、防御に追われている。
ロシアがアメリカの原発や送電線にマルウェアを忍び込ませる。あるいはウクライナで大規模な停電を引き起こす。イランがアメリカの金融機関に侵入する。北朝鮮がアメリカの銀行やハリウッド、イギリスの保険・医療システムに入り込み、各国中央銀行にサイバー窃盗を仕掛ける。中国はアメリカ国民2200万人の私的情報を盗み出す。これらの一つ一つについて、攻撃側はとくだん「戦果」を吹聴しない。
もちろんアメリカ自身が最大のサイバー大国であることは言うまでもない。イランはかつて地下で稼働する約1000基の遠心分離機が制御不能に陥った時にアメリカの関与を疑った。北朝鮮はミサイル発射の失敗が続いたときに、同じようにアメリカを疑った。アメリカには総勢6000人を超えるサイバー工作部隊が存在するという。
本書は「最初に手を出したのは......」「パンドラの受信箱」「百ドルの屈辱」など13章に分けて現況を報告している。それぞれの章の中では、さらに「プーチン直々の指示」「ロシアのハッキングはアメリカと同じ手口」「イラン核施設破壊作戦『オリンピック・ゲームズ』」「中国の大規模ハッキング『オーロラ作戦』」「各州選挙システムへロシア侵入の証拠」など、近年、何かと話題になった出来事が次々と登場する。
日本と関係が深いところで言えば、北朝鮮のサイバー部隊についても詳述されている。その歴史は案外古い。1998年にはサイバー攻撃部隊「121局」がつくられた。数学の成績が優秀な高校生は難関大学に集められ、英才教育を受けているという。金正日も金正恩も、サイバー攻撃を重視しており、現在では6000人規模の要員を抱える。
北朝鮮のサイバー部隊の最大の特徴は、主に要員が「国外」に配置されていることだという。中国はもちろん、フィリピン、マレーシア、タイ、インドなど国交のある国に分散されている。インターネットの特性上、国内に拠点を置く必要がない。国内が攻撃されたとき、国外から「サイバー攻撃」で反撃できる。
確認されている最初の大規模な攻撃は2013年、中国のコンピュータから韓国の銀行や放送局をターゲットに行われた。14年にハリウッドのソニー・ピクチャーズや、英国の公共テレビ局「チャンネル4」のコンピュータを混乱させたのも北朝鮮だと見られている。いずれの会社も、北朝鮮の最高指導者を批判する内容の作品をつくろうとしており、それに対する嫌がらせというわけだ。
本書によれば、北朝鮮は今のところ日本を標的にするサイバー攻撃は準備していないようだ。
本書では「サイバー戦」が過去のどのような「戦争」とも異なることを強調している。まず、兵器はサイバー技術だ。眼に見えない。誰がどこから攻撃しているのか、すぐには分からない。「ソニー・ピクチャーズ」の件でさえ、解明に苦労した。それが、「チャンネル4」と同一犯だということの確定にはさらに時間が必要だった。
仮に「犯人」が分かっても報復の方法がない。地上の戦闘とは大違い。核戦争なら直ちにミサイル発射地が特定され、仕掛けられた数十分後には反撃できる可能性があるが、サイバー攻撃の場合、サイバー技術の分析から、「犯人」の推定ができても、相手国は攻撃を認めないし、どこにどうやって反撃すればいいのか分からない。つまり人類の「戦争」の歴史の中で初めて「見えない戦場」の中での戦いを強いられている。
とくにこの戦争で心配されているのが、「民間」への影響だ。電気、ガスなどのインフラが攻撃されると、都市機能はひとたまりもない。電話やインターネットも通じなくなり、あっというまに市民生活がマヒする。本書では、2015年にウクライナで起きたサイバー攻撃による「一斉停電」の恐怖が報告されている。
つまり「サイバー兵器」とは、21世紀に出現した「新型兵器」なのだ。本来なら「核兵器」と同じように、関係国による「管理」が望ましいのだろう。しかし、サイバー戦の参加国は、いずれも仮面をかぶったままだ。戦争に参加していることすら明かさない。
サイバー戦の最大の特徴は、軍事的に劣勢にある国でも優位に立ちうることだ。それゆえますます「情報開示」や「管理」には応じないだろう。
本書ではまもなく「AIによってサイバー戦が行われる時代」が訪れると見ている。いよいよもって不気味だ。情報技術(IT)は、開発者たちが想像もしなかったリスクを広範囲に生み出しつつあることを痛感する。ちょうど8月23日の日経新聞朝刊では、編集委員が「米ロ、サイバー攻防激化」「インフラ破壊工作の応酬」という大きな特集記事を掲載している。本書は極めてタイムリーな一冊と言える。
本欄では関連して、『ドローン情報戦――アメリカ特殊部隊の無人機戦略最前線』(原書房)、『知立国家 イスラエル』(文春新書)、『クロード・シャノン 情報時代を発明した男』(筑摩書房)なども紹介している。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?