「情報理論の父」と呼ばれ、今日のデジタル世界の基礎を築いたアメリカの天才数学者クロード・シャノン(1916-2001)。その初の本格的な評伝が本書『クロード・シャノン 情報時代を発明した男』(筑摩書房)である。
シャノンがいなければ、携帯電話、パソコン、インターネット、電子メールもなかった。影響力の大きさはアインシュタイン以上とされる。ただし、数学はノーベル賞の対象ではないので、ノーベル賞は受賞していない。そのため功績の大きさに比して知名度は低い。評者も名前は聞いたことはあるが、どんな業績だったのか、本書を読むまで知らなかった。
「はじめに」にシャノンの最大の功績について、こう書かれている。
「二値選択――オン/オフ、真/偽、1/0など――の連続は原則として、脳の働き方に非常によく似ている。この飛躍的な発想が『すべてのデジタルコンピュータを支える基本的な概念になった』とウォルター・アイザックソンは指摘する。これが、シャノンが最初に成し遂げた抽象化だ。当時の彼はまだ二一歳だった」
シャノン以後、情報は完全に分解されて「ビット」になった。
評伝なので、面白いエピソードが満載だ。機械いじりのずば抜けた才能を見込まれ、MIT(マサチューセッツ工科大学)の学生になったシャノンは、部屋全体を占めるほどの大きなアナログコンピューター「微分解析機」の管理を任された。「シャフト、ギア、ストリング、ディスクホイールで構成される途方もない代物」だったが、その電気スイッチを研究するうちに、あらゆる論理命題を評価し、「決断を下す」ことが出来ることに気が付いたという。つまり、電気回路が論理演算に対応することを示した。
スイッチのオン・オフを真理値に対応させると、スイッチの直列接続はANDに、並列接続はORに対応、論理演算がスイッチング回路で実行できることを示したのだ。
さらに、『通信の数学的理論』で、エントロピーの概念を導入、情報理論という数学的理論を創設した。シャノンの第二定理(通信路符合化定理)ではノイズに満ちた現実の世界に注目し、ノイズの問題はメッセージを操作することによって克服できると考えたのである。ちなみに『通信の数学的理論』は現在、ちくま学芸文庫で読むことができる。
「コンピューターの父」とされるのは、チューリング・マシンをつくった英国のアラン・チューリング(1912-1954)である。この二人が戦時中にアメリカの科学者専用カフェテリアで出会ったという話も面白い。どちらのプロジェクトも極秘だったので、会話でも内容を暗にほのめかす程度だったと紹介している。チューリングはナチスドイツの暗号機「エニグマ」の解読に成功し、連合国を勝利に導くが、その関与は長く秘密とされ、悲運の死を遂げた。映画『イミテーション・ゲーム』(2014年)にもなったので、むしろチューリングの方が有名かもしれない。
シャノンもベル研究所で、その名も「プロジェクトX」という会話暗号化システムの開発に参画した。SIGSALYシステムは完成し、「およそ四〇のラックに真空管が詰め込まれた電気装置で、重さ約五五トン、二五〇〇平方フィートの面積を占め、三万ワットの電気を必要とした」が、ともかくも大西洋を越えて、秘密の会話が出来るようになった。
シャノン夫妻が1960年代から70年代にかけて株式投資にはまっていたというエピソードも興味深かった。収入には困らなかったが、趣味として夢中で打ち込んだという。本書はこんなジョークを紹介している。
「『僕は株式市場でお金を稼いでいる。定理を証明しても稼ぎにはならない』と、あるときシャノンはロバート・プライスに語ったとされる。どんな種類の情報理論が投資にベストかと尋ねられると、シャノンは笑いながら答えた。『内部情報だよ』」
1985年、シャノンは第1回京都賞基礎科学部門の受賞者となった。京セラの創設者稲盛和夫氏がつくった賞で、賞金もノーベル賞にひけを取らない。記念講演で自身のチェスを指す機械やジャグリングをするロボットのような装置を作る趣味に触れ、「このような機械が将来改良されれば、人間の脳に匹敵するどころか、能力を凌ぐ機械が誕生することを私は大いに期待しています」とAI(人工知能)の可能性にふれている。その予言は的中したようだ。
著者のジミー・ソニは、編集者・ジャーナリスト。ハフィントン・ポスト元編集長。共著者のロブ・グッドマンは元スピーチライター。伝記的記述と理論的な説明がうまくミックスしているので、情報理論に関心のある人が読めば大いに参考になるだろう。
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