先月(2020年1月)発表された第162回芥川賞の候補作で、もっとも話題を集めたのが、本書『デッドライン』(新潮社)だ。野間文芸新人賞を受賞。気鋭の哲学者の初小説ということもあり、朝日新聞は事前に文化面で大きく取り上げたほど。受賞は逸したが、早くも重版になっている。
著者の千葉雅也さんは、1978年栃木県生まれ。東京大学教養学部卒業。東京大学大学院博士課程修了の博士(学術)。現在は立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授。著書に『動きすぎてはいけない――ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』、『勉強の哲学――来たるべきバカのために』などがある。本書が初の小説だ。
フランス現代思想を研究するゲイの大学院生が、ゲイ同士が集まる「ハッテン場」や大学のゼミの教室、ファミレスなど東京を回遊しながら、修士論文のデッドラインを前に、もがき格闘する姿が描かれている。
新宿2丁目のゲイバーや「ハッテン場」で相手を物色する場面もあるが、いまはSNSを利用することも多いようだ。一対一の匿名のチャットルームで、「体型と髪型を言葉だけで確かめ、それから顔画像を交換する段になる。運良く互いのルックスがOKだったから、次には電話番号を教え、家の場所を説明する」。男同士の出会いといえば、暑苦しい描写が相場だったが、このあたりは現代風だ。
「腰から下がドロドロに」とか「無言で行為が始まって、射精したら礼を言うだけの関係」など、扇情的な表現も出てくるが、主人公はいつもいたって冷静だ。
そうした場面だけなら風俗小説に墜ちてしまうが、そうならない仕掛けが用意されている。
それは性的な場面と大学の講義や主人公が論文をめぐり思索する哲学的な場面が交互に出てくることだ。『荘子』の中国哲学、ドゥルーズやデリダの「ポスト構造主義」、モースの「贈与論」などが論じられる。大学院生だから、研究の合間にもちろん私生活はある。その日々をそのまま描いたとも言えるが、ゲイを生きることの本質につながる何かがあるのでは、とつい「深読み」してしまう。単なる道具立てとしての「哲学」、ファッションとしての「哲学」ではない、硬質でコアなものがここにはある。
何かつながりそうな気もするが、評者の力量ではうまく説明できない。この点に関しては、「週刊読書人」(2020年1月31日号)で、千葉さんが批評家の佐々木敦氏と対談し、「生成変化の二つの宛先」、「デッドライン/偶然性/有限性」などのタイトルで論じているので、そちらを参照してほしい。
主人公の名前が「〇〇」とされていることにも意味がある、と対談で千葉さんは明かしている。イニシャルで出てくる親友の「K」や「知子」という女性もいるが、主人公が「〇〇」であることにより、「そこに読者自身が入ってきてもいいし、特定の名前をあてはめたい人もいるかもしれないし、その辺を全部オープンにしたいわけです」と話している。
佐々木氏も「この小説の登場人物の実在性と虚構性の問題がこのことに深く関係していると思いました」とその効果を認めている。
さて、デッドラインはどうなるのか。修士論文の締め切り当日。書けているのはまだ第二章の末尾だ。しかも父親の会社は倒産しようとしている。
結末は実際に読んでいただきたい。最高にクールな最後の2行にしびれた。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?