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群馬県の東武線沿線に住む人と鉄道ファンにおススメ

最高の任務

 本書『最高の任務』(講談社)は、第162回芥川賞候補となった「最高の任務」(「群像」2019年12月号)と「生き方の問題」(同2018年6月号)の中篇2つを収めている。たまたま同賞発表の日の記事公開となったが、あまり深い意図はない。

わたらせ渓谷鐵道へのミステリー旅行

 まずは、芥川賞候補作「最高の任務」から。主人公の景子は大学の卒業を前に、小学校5年の時から書き始めた日記を読み返す。亡くなった叔母のゆき江が買ってくれたものだ。

 「あんた、誰?」から始まる書き出しが小学校卒業あたりまで続く。大学入学後は叔母とあちこちに出かけるようになるが、それについて書くことはなかった。そして叔母が亡くなってから1年ほどたって、大学を休学した景子はまた日記を書き始める。それは叔母と出かけた場所を一人で訪ねたことを書くという形式を取った。

 行先は茨城県かすみがうら市の閑居山。以前叔母と行った時の会話と一人旅での感想が入り混じって綴られる。

 さらに卒業式の後、家族4人での群馬へのミステリー旅行の模様が日記の記述と混然と書かれる。浅草から東武線の特急に乗る。行先は父親しか知らない。道中、仲のいい家族の会話が楽しい。わたらせ渓谷鐵道に乗り換え、大間々駅で降りる。ここからは日本に旧石器時代があったことを明らかにした岩宿遺跡が近い。発見者、相澤忠洋の『赤土への執念』の読書感想文の引用も出てくる。叔母の蔵書だったらしい。あちらこちらに叔母の記憶が出てくるロードムービーといった趣の作品だ。

渡良瀬橋を渡りドラマが

 もう一作。「生き方の問題」は、主人公の僕が二つ年上の従姉妹の貴子へ宛てた手紙がモチーフだ。甘酸っぱい思い出があったが、長く会っていなかった二人は20代で再会する。離婚したという貴子から「足利へおいでよ。おじさんやおばさんには内緒で」という電話が来て、僕は東武線の特急に乗る。これは「最高の任務」にも登場する列車だ。著者はよほど群馬県の東武線沿線に思い入れがあるのだろうか。渡良瀬橋を渡り、足利の山中でドラマが起こる。手紙はそのことと関係があるようだ。

 日記と手紙、どちらも「書く」という行為が2つの作品で大きな意味を持つ。平板なロードムービーのようにはならず、日記や手紙を通して立体的な奥行きが生まれる。

楽しい「鉄道文学」

 なかなか達者なストーリーテラーである。特に群馬県の東武線沿線に住む人なら無条件に楽しめる作品だ。鉄道ファンにもおススメ。

 仮に「最高の任務」が芥川賞を受賞しても、評者のような評価を下すことはないだろう。しかし、多様な読み方が可能であるということは、優れた文学の条件の一つでもある。「書く」という行為をめぐり、選考会では難しい論議がされるだろうが、これは楽しい「鉄道文学」と言っても差し支えないのである。

  • 書名 最高の任務
  • 監修・編集・著者名乗代雄介 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2020年1月 9日
  • 定価本体1550円+税
  • 判型・ページ数四六判・183ページ
  • ISBN9784065186008
 

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