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自分を「実験台」にして検証する朝日新聞記者

コンビニ断ち 脱スマホ

 都会に住みながらもう3年もコンビニに行っていないのだという。本書『コンビニ断ち 脱スマホ』(コモンズ)は、その実行記録である。副題にあるように「便利さはほどほどで」という生活を心掛けている。コンビニ断ちだけならなんとかできそうな気もするが、脱スマホは、社会人として難しいのではないかと思ったが、どうなのだろう。

定説に疑問

 著者の黒沢大陸さんは、朝日新聞大阪本社編集局補佐。同社の読書面を担当する書評委員でもある。1963年生まれ。証券系シンクタンクを経て、1991年に朝日新聞に入社し、科学部や社会部で国内外の災害現場などを取材してきた。著書に『「地震予知」の幻想』(新潮社)など。災害問題が専門のようだ。

 経歴を見てもわかるように、ビジネスの世界の一端に籍を置いてきたこともあるし、基本的には「科学」分野の記者である。近代社会や、消費経済社会に背中を向けるアーミッシュのような人々とは立場を異にする。そのあたりは最初に、著者自身が断っている。自宅の電気を5アンペアにして究極の節電生活をするなどというのは「自分にはとても無理だ」と。

 それではなぜ、あえて「便利さはほどほど」に挑戦しようとしたのか。

 「コンビニ断ち」については、同紙の「オピニオン編集部」に勤務していた時のことがきっかけだという。2017年5月17日の紙面で、「世の中、便利すぎ?」というテーマで3人の有識者に語ってもらったことがある。その一人が、セブン-イレブン・ジャパンの古屋一樹社長(当時)だ。コンビニは社会に貢献して成長していく業界であり、大災害が起きた時はライフラインの役割も担う、歩みを止めることはありません、と高らかに語っていた。

 当時はまだコンビニの24時間営業は大きな問題にはなっていなかった。しかし、古屋さんの揺るぎない自信にちょっと違和感を持った。「だったら、コンビニ使わないでやっていけるか、試してみようじゃないか」と思った。黒沢さんは理系だったので、学生時代、教授から「定説に疑問を持つ大切さ」をさんざん教え込まれていた。だから、もうひとつの生き方にチャレンジしたくなったのかもしれない。

減量に成功

 以前は「コンビニ漬け」だった。だいたい朝日新聞社の東京本社内には複数のコンビニがある。ちょっとした食べ物、飲み物から日用品まで、コンビニをひんぱんに利用していた。それだけではない。飲んで帰宅するときも、家の近所でまた立ち寄る。まったく用がなくても、何か新しい物を売ってないかと、棚を眺め回す。仕事柄、新聞を買うことも少なくない。要するにコンビニにからめとられた日常が続いていた。

 したがって、「コンビニ断ち」にはなかなか苦労したようだ。そんなことをやっていても、誰かに評価されるわけではない。かえって、「コンビニ以外」の調達場所を探す面倒さが付きまとう。

 本書には、あれこれ試行錯誤しながら、「コンビニ断ち」を模索する姿がつづられている。特に厄介だったのは、宅配便の発送だったという。何か月かに一回、という非日常のことだったので、代替場所を見つけるのには少々手間取ったようだ。

 繰り返しになるが、黒沢さんは何か、高邁な思想をもとに「コンビニ断ち」に挑戦したわけではない。「コンビニは社会に不可欠」という「定説」が本当かどうか、改めて「証明」したくなり、自身を「実験台」にしているだけだ。したがって、コンビニ業界に何か敵意を持っているわけでもない。本書を書きながら、大手コンビニチェーンに勤める従兄弟や叔父叔母の姿が思い浮かび、悲しむのではないかと複雑な気持ちになったと書いている。

 実際のところ、「コンビニ断ち」には実利的、副次的な効果もあったようだ。間食が減って、減量に成功したという。「財布にも健康にもやさしいコンビニ断ち」と称している。

無理な企て?

 黒沢さんにとって「コンビニ断ち」よりも難度が高かったのは「脱スマホ」だ。これはメディアの最前線にいるわけだから当然だろう。したがってこちらは「断」ではなく、「脱」にとどまる。

 本書では、黒沢さんにとってスマホがいかに不可欠で便利なものであったか、微に入り細に入り語られる。そこから二つの異なった結論が生まれる。一つは「実際にスマホ断ちをしようとしても、無理な企てであることがすぐにわかる」。もう一つは、以下だ。

 「こんな便利な機械を使わずに過ごせるのかと思うと同時に、いかにスマホが支配する世界で生きてきたのかを実感させられる。現代の日本で、コンビニとスマホを使わないというのは、とても大きな冒険のように思えてきた。これは、試みない選択はない」

 ここでも顔を出すのは、黒沢さんの理系人間としての「実験精神」である。古来、科学者は数多くの実験にチャレンジし、自分自身をも実験台にした人も少なくないが、似たような情熱を感じる。

「ずっと続けるのかは、わかりません」

 本書は以下の構成。

 第1章 コンビニ断ち
 第2章 コンビニはインフラか
 第3章 脱スマホ依存
 第4章 便利さで失ったもの
 第5章 時間の使い方
 第6章 見直される「便利すぎる社会」

 科学記者なので、「パクス・コンビニーナ」「デジタルデトックス」などのキーワードを念頭に分析しているところはさすがだ。近年、ノーベル賞を受賞した科学者たちが口をそろえて、すぐに社会に役立つ成果が出る応用研究ではなく、何に役立つかわからないけれど興味と関心のままに取り組む基礎研究が重要で、それがなければ大きな発見はできないと力説していることも紹介している。

 黒沢さんの「基礎研究」から果たして何が生まれるか。最後のところでは、本書での試みを、「ずっと続けるのかは、わかりません」と補足している。

 便利すぎる現代社会に対する社会学的な考察であると同時に、理系人間のチャレンジ精神を見せつけた一冊となっている。

 BOOKウォッチでは同じく朝日新聞の近藤康太郎記者が「もう一つ(オルタナティブ)の生活」にトライした『アロハで猟師、はじめました』(河出書房新社)、同社の元記者で節電生活を続ける稲垣えみ子さんの『もうレシピ本はいらない』(マガジンハウス)なども紹介している。このほかコンビニ関係では、『コンビニ外国人』(新潮新書)、スマホでは『スマホ依存から脳を守る』(朝日新書)、『スマホが学力を破壊する』 (集英社新書)なども紹介している。数奇な研究や実験に関しては『奇跡の論文図鑑――ありえないネタを、クリエイティブに!』(NHK出版)を取りあげている。



 
  • 書名 コンビニ断ち 脱スマホ
  • サブタイトル便利さはほどほどで
  • 監修・編集・著者名黒沢大陸 著
  • 出版社名コモンズ
  • 出版年月日2020年4月10日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・191ページ
  • ISBN9784861871658
 

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