新型コロナウイルスで多数の専門家がメディアに登場している。とくに目立っている一人が、本書『新型コロナウイルスの真実』 (ベスト新書)の著者、岩田健太郎・神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教授だ。クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に乗り込み、船内での検疫のずさんさや監視・隔離体制の不備を発信して、国際的に注目された。
帯には「感染症専門医の第一人者が語る感染不安への処方箋」というキャッチが付いている。「ダイヤモンド・プリンセスになぜ私は乗船し、追い出されたのか? 動画公開に至るまでの顛末」という一文も。
第一章の「『コロナウイルス』って何ですか?」に始まり、第二章「あなたができる感染症対策のイロハ」、第三章「ダイヤモンド・プリンセスで起こっていたこと」、第四章「新型コロナウイルスで日本社会は変わるか」、第五章「どんな感染症にも向き合える心構えとは」の五章構成。
まず第一章で「症状」と「検査」「診断」についての基礎的なことが出ている。初期の症状は風邪と見分けがつかない。検査でわかるのは「新型コロナウイルスに罹っていること」であって、「罹っていないこと」の証明はできない。体内にウイルスはいるが、検査では捕まえられないということがしばしば起きるからだ。これはインフルエンザの場合と同じだ。コロナウイルスのPCRも6割程度の感度だという。
したがって「4日間症状が続いたら病院に行きましょう」という日本政府のコロナ対策はおおむね正しいとしている。検査のみで白黒を決めるのではなく、症状で判断する必要があると強調する。
ハイライトは三章だ。2020年1月25日、香港でダイヤモンド・プリンセス号から下船した乗客の中から、1人の新型コロナウイルス感染者が見つかった。そのクルーズ船が横浜に戻り、何十人かを検査したところ、10人が陽性だった。慌てた厚労省はDMAT(ディーマット、災害派遣医療チーム)を呼んだ。
本書によれば、厚労省が指揮系統のトップになって、船の右側にDMAT、左側に厚労省が入り、さらに後ろ側にはDPAT(災害派遣精神医療チーム)という精神科の専門家が入って対策を始めた。ところが、どんどん感染者が出てきた。新たに厚労省に日本環境感染学会の専門家が呼ばれた。彼らは、DMATのメンバーに防護服の正しい着け方・脱ぎ方から教育したという。
ウイルスがいる可能性があるレッドゾーンと、安全なグリーンゾーンを分ける提案もされた。しかし、3日で環境感染学会の専門家は船を去ったという。表向きの理由は「各病院で患者が増えて忙しくなった」というものだった。岩田さんは「クルーズ船内の感染リスクが非常に高いことが分かり、怖くてもう入れないと思ったのでしょう」と推測している。
クルーズ船の感染者がどんどん増えているのに、情報が外に出てこない。岩田さんはいろいろな伝手をたどってDMATの一員として中に入る。まず驚いたのは検疫官がPCR検査で紙の同意書を取っていることだった。紙との接触を介して感染が起きかねない。ゾーニングもぐちゃぐちゃになっている。防護服を着た人の脇を背広姿の官僚が歩いている。携帯を持って動いている人もいた。ウイルスが付着しかねない。結果的に、DMATやDPATのメンバー、検疫官、厚労省の官僚らからも感染者が出た。
そもそもDMATは感染症の専門家ではない。地震など災害時の救急対応が主だ。DPATについては、船に入る必要性もなかったと見る。精神科の面接はスマホや電話、スカイプでよかった、と指摘している。
加えて感染症の専門家といっても、診断や防御など、それぞれに得意と不得意がある。船には当初、厚労省管理下のFETP(感染症危機管理を行う人材養成プログラム)のメンバーが入ったが、彼らは感染の防御には強く参画せず、すぐに出て行ったそうだ。
クルーズ船が感染症に弱いというのは、感染症の専門家の間では常識だったという。肺炎やノロウイルス、インフルエンザが流行りやすいということは以前からわかっていた。アメリカのCDC(疾病予防管理センター)はガイドラインを作っている。事例もたくさん報告され、論文も出ている。
「しかし、おそらく日本の官僚たちはそのことを理解していなかった」
香港での下船者に感染者が出たと知っても、「なんだ、1人しか出てないじゃないか」という話になって、甘く見て初動が遅れたのではないかと指摘する。
あとは官僚たちがお得意の、「自分たちは常に正しい」という話に持っていこうとする。今回はさすがに全くダメだったことがバレてしまったので、「完ぺきではないんだけど、しっかりやっている」という話にしようとした、と見る。
岩田さんは船内に入っていろいろ問題点を見いだしていたら、2時間後には追い出されてしまった。要するに「みんなが一生懸命やっているときに、おまえはそれに水を差すのか。出ていけ」というわけだ。
ダイヤモンド・プリンセスの中でのオペレーションは、誰が指示しているのか、誰が意思決定をするのか、最後まで不透明だった。乗客を降ろすなと言っているのは安倍首相なのか、加藤厚労大臣なのか、橋本副大臣なのか、厚労省の偉い人か、厚労省の後ろにいるお抱えの専門家なのか、そのへんが全然わからない。
動画公開後に岩田さんは「いろんなところから外されている」という。とある学会の感染対策のガイドラインでは、今までずっとメンバーに入っていたのが露骨に外されたそうだ。しかも外されたことも知らされなかったという。子どもたちのいじめの世界でよくある「LINE外し」のような目に遭っていると呆れている。
本書は3月25日段階の脱稿。当時は全国の感染者が1000人程度だった。その後、緊急事態宣言も出て1か月足らずで1万人になっているので、今の段階で書けば、大幅に、補足された内容になったかもしれない。
BOOKウォッチでは岩田さんの『もやしもんと感染症屋の気になる菌辞典』(朝日新聞出版)、『インフルエンザ なぜ毎年流行するのか』(ベスト新書)などのほか、『病が語る日本史』 (講談社学術文庫)、『流行性感冒――「スペイン風邪」大流行の記録 』(東洋文庫)、『復活の日』(角川文庫)、『陸軍登戸研究所〈秘密戦〉の世界――風船爆弾・生物兵器・偽札を探る』(明治大学出版会)、『世界史を変えた13の病』(原書房)など、さまざまな角度から関連書を多数取り上げている。
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