冬が深まり気温が一層低下し空気の乾燥が強まっている。テレビの天気予報では、キャスターがインフルエンザ対策に手洗いやうがいの励行を呼びかける回数が増えたようだ。本書『インフルエンザ なぜ毎年流行するのか』(ベストセラーズ)は、専門医の著者が、医療が発達した現代でもインフルの流行や感染症のパンデミックがなくならない理由を解き明かしたもの。健康ブームであふれた玉石混交の情報によるミスリードもその一つという。意外と知られていない感染症のウソ、本当を探った一冊。
著者の岩田健太郎さんは、神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教授を務める感染症の専門医。1971年島根県生まれ、島根医科大学卒業。米ニューヨーク・コロンビア大学の病院で研修の際に炭疽菌テロ、その後に医師として勤務した中国でSARS (新型肺炎)流行時の臨床を経験した。帰国後、千葉県の亀田総合病院で感染症内科部長、同総合診療・感染症科部長を歴任。『予防接種は「効く」のか?』(光文社新書)『1秒もムダに生きない』(同)『「患者様」が医療を壊す』(新潮選書)『主体性は教えられるか』(筑摩選書)など、これまでにも、病気や医療についての啓蒙的なものを含めて著書が多数ある。
岩田さんはまず、折からの健康ブームに乗った出版ラッシュを猛烈に批判。「本屋さんの『健康本』コーナーに行くと、たくさんの健康になる本とか、病気にならない本とか、長生きする本とか、若返る本とか、痩せる本とかが売っている。ところが、そのほとんどがインチキだったり、ミスリーディングだったり、センセーショナルなだけだったり。要するに『ちゃんとした』本がとても少ない」。著者名や出版社名を示すほどのハイボルテージ。この状況にがまんできず「感染症や健康について、妥当性の高い情報を提供しようと、本書をしたためた」と立ち上がったものだ。
第1章は、本書のタイトルにもなっている「インフルエンザはなぜ毎年流行するのか」。第2章以下には「感染症予防のウソ・ホント」「抗生剤は有効か? 免疫力はどう上げる?」「感染症の対策、どうなってるの?」「深刻な感染症の問題」のセクションを設け、世間に広まる"正しくない"情報を指摘しながら"ちゃんとした"情報を紹介している。
インフルエンザはなぜ冬に毎年流行するのか。なぜ夏に流行しないのか。まず、インフルエンザ・ウイルスは寒くて乾燥しているところで元気になりやすいから。さらに冬は寒いので人が外出しにくい。密閉された建物のなかに閉じこもりがちになるのでウイルスが人から人にうつりやすい。また、冬場は日照時間が短いこともあり、日光にあまり当たらない。日光がないと体内で免疫力に寄与するビタミンDがつくれない。だから、免疫が弱ってインフルエンザにかかりやすい。これらの理由が複合的に絡み合って冬が流行期となる。
しかし、冬でなくてもインフルエンザ・ウイルスは活動する。四季の違いがはっきりしない、冬がない地域では1年中インフルエンザが見られるという。だから、季節に関係なく、人の動きにも影響される流行のパターンもある。戦争や紛争などで多くの難民が生じた場合、サッカーのW杯やオリンピックのような大きなスポーツイベントがある場合、宗教の巡礼などで信者の大移動があった場合に伴う流行。だから「冬に流行」というパターンは大雑把にザックリ概観したものなのだという。
本書のタイトルなどで「なぜ毎年流行するのか」と、振りかぶってはみたものの実は「結論を申し上げると『いろんな説があるけど、よーわからん』といったところでしょうか」と著者。われわれにとっては、冬以外の季節も過度の油断は禁物ということだろう。
インフルエンザといえば、流行期を前にして毎年のようにワクチンや薬の効果もとりざたされる。著者によればワクチンの効果はだいたい3割以上。本書で引用されている米疾病対策予防センター(CDC)がまとめた2017−18年冬期のワクチン効果では36%だった。つまり接種した100人中36人はインフルにかからなかったということ。数字的には「ビミョー」だそうだが、何百万人と発生する患者が3割減となれば医療機関の負担減に大きく貢献するという。そして「医療機関の負担が減ると、重症患者受け入れ拒否とか、医療事故とかも減るメリットがある」と著者。予防接種を受ける人が多いほど、恩恵を受ける人も増えるという。
予防接種をしてもインフルにかかる人はいるし、接種をしなくてもかからない人もいる。だが、接種を受ける人が多いほど患者数は減り、それにより診療枠に余裕が生じるなど波及効果はかなり大きい。著者は効果3割について「ビミョー」としながら、野球の打率に例えて評価の値するレベルであると指摘し、接種を受けるよう呼びかけている。
近年の薬の主流は「ノイラミダーゼ阻害薬」。歴史的に一番有名なのは「アマンタジン」だが、AB2種類あるインフルのうちAにしか効かず、薬剤耐性ウイルスも多くなり現役引退した格好という。
「ノイラミダーゼ阻害薬」は、現在使われているインフルの治療薬のほとんどを占めAB両方に効果がある。飲み薬の「タミフル(オセルタミビル)」、吸入薬の「リレンザ(ザナミビル)」が初期のもの。その後、点滴投与の「ラピアクタ(ペラミビル)」と長期吸入薬の「イナビル(ラニナミビル)」が加わり、ラインアップは4種類になっている。ただ、点滴投与薬や長期吸入薬は、それしか使えない患者に限定したもの。これらを使った処置は時間と場所が必要で、看護師らの仕事も非効率になるためだ。
日本では患者の間では、正しくない情報のミスリードによるものか「点滴信仰」が目立つのだが、医療的には根拠のないものと著者。診療の効率化や、患者の施設内滞在時間を短縮して院内での感染を防ぐためには患者側の協力が欠かせない。誤った「信仰」に心当たりのある人は考え直してみる必要があるかもしれない。
もっとも、著者によれば、インフルエンザは基本的に自然治癒する感染症で、絶対に病院受診が必須というわけではない。無理して医療機関にいかなくても家で寝ていればたいていは治るという。
本書ではほかに、インフルエンザ以外の感染症や、抗生剤をめぐる「迷信」などを指摘。J-CAST BOOK ウォッチではこれまでに、抗生剤をめぐる誤解や過信を指摘した『ガンより怖い薬剤耐性菌』(集英社)『医者の本音』(SBクリエイティブ)『薬学部教授だけが知っている 薬のいらない健康な生き方』(ダイヤモンド社)などを紹介している。
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