「怖い話」といえば、タレント稲川淳二さんのお得意だが、本書『ガンより怖い薬剤耐性菌』(集英社)は、もっともっと怖い話だ。「薬剤耐性菌」というものが増えて、感染症対策などが難しくなり、2050年には世界で年間1000万人が死亡するというのだ。今のがん患者の死者数よりも多い。人類はいったいどうやって、この危機に対応すべきなのか。個人の自衛策はあるのか。
本書と似たような警告は、テレビや週刊誌など、あちこちで語られているから、すでにご存じの人も多いだろう。
まずキーワードになるのは「抗菌薬」という用語だ。「抗生物質」とも呼ばれてきた。もともとはカビからつくられたペニシリンのように、「微生物からつくられた、ほかの微生物を抑制する物質」のことだ。20世紀になって見つかり、特効薬として大活躍してきた。同じような効能を持つものを化学的にも作れるようになり、それらを総称して「抗菌薬」と呼んでいる。200種類ほどあるという。
問題は、この「抗菌薬」が盛んに使われたことによって、大変な事態が引き起こされているということだ。やっつけられる病原菌は、当然ながら対抗力を強める。自然界の成り行きだろう。その結果、「抗菌薬」をものともしない「薬剤耐性菌」が増えてきたというのだ。
近年、肺炎で亡くなる人が増えている。なぜかというと、肺炎球菌に抗菌薬が効かなくなっているからだ。「耐性」をつけたということだ。あるいはO157など新たな新型の食中毒も話題になる。これも「薬剤耐性菌」だ。ピロリ菌なども同じだ。
さらに問題なのは、こうした「抗菌薬」がヒトの腸内の「善玉菌」などを破壊することだ。よく知られているように、腸内には100兆個もの細菌が生息し、食物の分解を手助けしたり、栄養を与えてくれたり、免疫機能を高めてくれたりしている。共生微生物ともいわれる。そのバランスを崩すので、アレルギーや喘息、がんなどの病気や肥満などを引き起こしているというのだ。
本書には以上のような「怖い話」が次々と紹介される。第一章「感染症の治療薬と薬剤耐性」では「抗菌薬の効能と限界」「すべての抗菌薬に副作用がある」「抗菌薬は大量に使えば必ず効かなくなる」など。第二章「抗菌薬の乱用がもたらした2つの災害」では、「共生微生物の消滅で新しい病気が増えた」「世界の政治問題になってきた耐性菌問題」など。さらに第三章「感染症を引き起こす病原微生物とその対策」、第四章「ガンや循環器病の原因となる微生物」と続く。
対策として強調されているのは、まず「患者が賢くなること」。特に繰り返し書かれているのは、安易に「抗菌薬を求めない」ことだ。風邪をひいて医者に抗生物質を求めるのは愚の骨頂。ウイルスによって起きる風邪には効果がない。不必要な場合でも、抗菌薬を出したがる医者もいるが、患者はしっかり判断力をつける必要がある。また、健常者は抗菌シャツ、抗菌靴下などの抗菌グッズを使う必要がないことも強調されている。
著者の三瀬勝利さんは東大卒の薬学博士。厚労省所管の研究機関で長年、病原細菌の研究をしてきた。共著者の山内一也さんは東大名誉教授。東大医科学研究所などでウイルスの研究を重ねてきた。ともに多数の著書がある専門家だ。今回が二人による三冊目の共著となる。巻末には、専門用語についてのミニ解説が掲載され、理解を助ける。
「抗菌薬」の乱用による「薬剤耐性菌」のまん延は2016年の伊勢志摩サミットでも世界が直面する重要課題として上げられた。各国が連携して努力することが確認されている。そうした「抗菌薬」をめぐる現況を俯瞰できる好著といえる。なにしろ、自分や家族の健康や命はもちろん、人類の未来にかかわる話だけに深刻だ。
本欄では先日、『えっ! そうなの?! 私たちを包み込む化学物質』(コロナ社)を紹介した。現代社会は、尋常ではない大量の化学物質に囲まれていること、プラス面とマイナス面の両方があるが、被害は、家庭用殺虫剤、食品の残留農薬などによる身近な例にとどまらず、ダイオキシン、PCB、フロンなどなど広域、地球規模での汚染が心配されていることなどが書かれていた。この70年ほどの間に人類の数十万年の歴史の中で経験したことがない「化学物質時代」に突入していることが注意喚起されていたが、「抗菌薬」についても同じようなことがいえるかもしれない。
世の中が便利になることの功罪。思いがけない新しい問題の浮上。あっちもこっちも「怖い話」だらけだ。
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