近くでは「Doctor X 外科医・大門美知子」で、少し前なら「白い巨塔」で、医者の世界は別などと、分かったつもりになっている人も多いに違いない。医師の態度になんとなく感じる「冷たさ」や「風邪ですね」などと上から目線のあしらうような言い方に、どうよ!?とは感じても「お医者さんだから」とウケ流すのが患者側の習いだろう。
ところが、医師の側からの意見を聞くと、医師には医師の事情があるといい、本来なら密なコミュケーションを大切にしなければならない患者との関係なのだが、その事情のために、見えない壁ができているらしい。本書『医者の本音』(SBクリエイティブ)は、医療の最前線に立つ若手医師が、勇気を奮って、文字通りの「本音」を吐露したもの。患者と医者との「コミュニケーションの助けになる」と信じてトライしたという。
著者の中山祐次郎医師は、12年の経験を持つ外科医。「自己紹介」によると、がん治療認定医などのほか、高難度の手術資格である内視鏡外科技術認定医(大腸)を取得するなど「バリバリとやってきた」ドクターキャリアを誇る。
一方で、自ら「外科医としては異色の経歴」というように、若手医師が属する大学医局には籍を置かず独自に修業。東日本大震災で事故を起こした福島第一原発近くの病院で院長が亡くなり存続が危ぶまれた際には、同病院に赴き臨時院長を務めた。その後は、福島県郡山市の総合病院で外科医長として勤務。その傍ら「閉じた医療業界に風穴を開けたいから」と執筆活動にも力を入れ、ネットメディアを中心に連載するなど数々の医療記事を寄稿している。
いわば、モノ言うドクターの著者ではあるが、本書については提案がもたらされた際には、ただの業界曝露ものになりはしないか、書いたあとに医者を続けられないのではないかと「かなり悩んだ」という。
医師の「本音」をめぐっては、これまでにもなかったわけではないが、執筆者はいずれも引退した元医師か、あるいは引退寸前で現役は名ばかりの医師だった。さらにこれから数十年の診療活動が見込まれる若手医師によるものはなく、やることになれば初の試みであり、バッシングも考えられた。
だからこそ、客観的に真の「医者の本音」に迫るため、データや調査結果を多く採り入れ、それらがないときには著者個人の「本音」を入れたという。診察までの待ち時間が長くなるのは、それなりにワケがあることなどから、医者の年収や、医師間の格差、さらには「安楽死」についての考え方など、高齢化社会で今後の議論必至とみられるテーマにまで踏み込んでいる。
こらからの季節は、気温が低くなり空気が乾燥し、ウイルスが活発化するため、風邪などで病院で受診する機会が増える。診てもらう目的はというと、薬を処方してもらうためで、その薬は抗生物質。「抗生剤」「抗菌薬」とも呼ばれ、多くの人の間では万能薬のようにも考えられている。
ところが、抗生物質は「細菌という微生物にのみ対抗するお薬」であり、ウイルスは細菌とは違って抗生物質の効果は期待できない。ではなぜ、医師が抗生物質を処方するかというと、風邪に似た症状の感染症の可能性がわずかながらあり、そのためという。しかし、その感染症には検査があるので、それなしでの処方には意味がないと著者。
風邪を引いたら、食事と睡眠を重視するのが最も効果的な対策なのだが、そういう風に医師が啓蒙に力を入れて、患者が診療を受けに来ることがなくなれば、クリニックは経営悪化でつぶれてしまう。患者の方はたとえその効き目がなかろうと、薬を出してもらえれば安心する。つまり「患者満足度」を満たして、次の来院を促すために医者は不要と思っても薬を出す。
患者の満足度、クリニックの経営などからみると、抗生物質は「万能薬」の側面を持つかもしれないが、著者によれば、間違った万能薬神話を打ち消さないと、医療面では危険なことが起こるかもしれない。抗生物質の出し過ぎで、細菌の方が慣れてしまい耐性ができ、抗生物質が効かない菌が生まれ世界に広がる懸念があるのだ。すでに厚生労働省が目の色を変えて対策に取り組んでいるという。J-CAST BOOK ウォッチでは以前、このことについて報告した『ガンより怖い薬剤耐性菌』をとりあげている。
こうした事態に及んでいるのも、医者が本音を出さぬようにしていたから。かといって、風邪で病院に行って「薬は不要です」「抗生剤は無意味です」といえば、患者との信頼関係にはひびが入るだろう。不都合な真実は、直に聞くと感情的にもなるが、勇気ある告白としてこうした読み物があれば、冷静に理解が進みそうだ。
本書のセクションには、本音コラムが挟まれているところがあり、そのなかに「医者は飛行機のドクターコールに手を挙げたくない」というものも。ドラマや映画などで「ヒーロー」として扱われるだけに、こちらの本音も興味深かった。
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