女優・モデルのエッセイというと、ふだん見られない一面を挟みつつもある程度キレイにまとまり、読めばますます憧れを抱くものと思っていた。しかし、菊池亜希子さんの本書『へそまがり』(宝島社)はひと味違った。
菊池亜希子さんは、1982年岐阜県生まれ。女優・モデル・「菊池亜希子ムック マッシュ」編集長。モデルとしてデビューし、映画、ドラマ、舞台などで女優としても活躍。主な出演作に映画「ぐるりのこと。」「森崎書店の日々」「グッド・ストライプス」「海のふた」、著書に「菊池亜希子ムック マッシュ VOL.1~10」(小学館)、『好きよ、喫茶店』(マガジンハウス)、『おなかのおと』(文藝春秋)などがある。
評者は菊池さんの出演作を観たことがなく、エッセイというかたちで今回初めて菊池さんの作品にふれた。先入観なく読み始めたが、読み物として純粋におもしろい。書き手の職業をまったく意識しなかった。抱いたのは女優・モデルへの憧れというより、同性、同世代としての共感だった。
本書は、菊池さんが結婚、出産、子育てという人生の転機に悩みながらも前向きに日々を綴った「等身大エッセイ」。月刊誌「リンネル」の連載「へそまがり」(2016年8月号~2020年3月号)をまとめ、新規の原稿を加えて再編集したもの。書き下ろし1本を含めた計43本を収録。なにが書かれているのだろう? と、タイトルからグイグイ引き込まれる。
へそまがりな女/ノッポ・コンプレックス/ああラブレター/またねのつづき/ひみつの抱え方/ジェラシージェラシー/モテたい私/お買い物の女王/距離感/ナンパ/3人になった日/トンネルの中/ジレンマ/残り香/二の腕/私の好きな私/傷/過去のある女/沼/愛ということ ほか
プロフィールにあるとおり、菊池さんは女優、モデル、さらに文筆家でもある。本書を読んでいくとわかるが、ほかにもファッション、喫茶店、アイドルグループ「ハロー!プロジェクト」好き、理系、千葉大工学部卒など、さまざまな引き出しが。その独特の存在感に魅了されるファンが多いようだが、たしかに埋もれない個性を放っている。
そもそも本書のタイトル「へそまがり」からして、女優・モデルのエッセイっぽくはない。これを思いついたときのことを1本目のエッセイに書いている。日々のことを綴る新連載を始めることになり、編集長や担当編集者が素敵なタイトルをいくつも挙げてくれた。そこから選ぼうと思ったが、結局自分で考えることにした。
「『やれやれ、素直じゃないなあ』と自分に呆れながら、そんな私には"へそまがり"というタイトルがぴったりじゃないかと思ったのだった」
自身で改めて読み返してみると、結婚、妊娠、出産、子育てをはじめ「この本には30代の私に起こったありとあらゆる事件がぎゅっと詰まっている」ことに気づいたという。「ぐるぐる」という言葉が何度か出てくるが、菊池さんの「ぐるぐる」は独りよがりなものではなく、読者が自分を重ねて一緒に「ぐるぐる」できるものだった。
「ぴーんとまっすぐに伸びるおへそに、私はいつだって憧れている。だけど、ぐるぐるこんがらがって生きてきたから、今の私が出来上がっているのも事実。こんがらがってしまったかと思いきや、伸ばしてみたらどこも絡まっていなかったなんてこともしょっちゅうで、複雑なんだか単純なんだか自分でもよくわからない。はてさて、結局私はどこへ向かうのか」
素直じゃない、あまのじゃく、考えすぎる、自意識過剰......。こうした厄介な性質を自覚し、一つひとつの思考や感情とじっくり向き合い、最適な言葉に変換し、切々とつづっている。
「こんな私の"へそまがり"な日常を、おもしろがって覗いていただければと思うのです」
さて、43本のどれを紹介しようかと迷うが、ここでは「またねのつづき」から。冒頭いきなり「じゃじゃまる・ぴっころ・ぽろり」が出てくる。「私と同世代の方ならば、皆懐かしさで胸がギュッとなるはずだ」とあるが、まさにそのとおり。NHK「おかあさんといっしょ」で1982年から92年まで続いた人形劇「にこにこ、ぷん」のキャラクターたちだ。3人はこんな会話をしている。
「ぼくたちのさよならは、明日また会えるさよならだから、ぜーんぜんさみしくないよね(ぽろり)」
「いつもとおんなじさよならだもんにゃ(じゃじゃまる)」
「またあしたね(ぴっころ)」
ここから「またね」という言葉について思考をめぐらせている。社交辞令でなく、「また会いたい」と心から思うときしか言いたくない。しかし、「またね」と言ったものの「なかなか会えないことが最近とても多いような気がする」としている。これは身に覚えのある人も多いのではないだろうか?
「大人になると、大好きな人や、大好きな場所が増え、『またね』と言って別れる機会も増える一方で、『またね』のつづきが訪れないことも多くなる。......一期一会はドラマチックだけど、私は『またね』のつづきがたくさんある人生がいいなと思う」
このほか「幼い頃から今もなお、私にとって母は何ものにも替え難い大切な存在なのだけど」と妊娠して一層"母"という存在の大きさを強く感じた日々(「3人になった日」)、あることをきっかけに"産後の憂鬱"という暗いトンネルを抜けたエピソード(「トンネルの中」)など。本書は憧れの眼差しで眺めるエッセイではなく、著者と読者がシンクロするエッセイといった感じだ。
「この"へそまがり"という場を通して、自分自身とぐるぐる問答しながらその時どきのほんとうの気持ちを文章にしてきた」という菊池さん。人に話しづらい、考えがまとまらない、答えが見つからないことを抱えているとき、本書を読んで一緒に「ぐるぐる」してみると一歩前へ進めるかもしれない。
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