「ストライキ」の形態が進化しているのだという。本書『ストライキ2.0――ブラック企業と闘う武器』 (集英社新書)は、国内外の最新情報を伝えている。海外では頻発しているのに、日本では皆無に近いのはなぜか、労働者は満足しているのか。ストライキについて、古い常識レベルにとどまっている旧世代の評者などには極めて参考になった。
「2.0」という見出しがついた本を、しばしば見かける。「1.0」が「1.1」になるのはちょっとした変化だが、「2.0」になると、フェーズが異なる画期的進化になる――そんなIT用語を拝借している。本書がわざわざ「2.0」をうたっているのも、「ストライキ」の様相が劇的に変わりつつある、ということを踏まえているからだ。
著者の今野晴貴さんは1983年生まれ。NPO法人「POSSE」代表理事。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。『ブラック企業――日本を食いつぶす妖怪』(文春新書、第一三回大佛次郎論壇賞受賞)、『ブラック企業ビジネス』(朝日新書、第二六回日本労働社会学会奨励賞受賞)など著書多数。
高学歴にもかかわらず、劣悪な現場のサポート活動で知られた人というと、反貧困ネットワークの湯浅誠さん(東大卒)を思い出す。今野さんも似たような立場なのだろうか。あるいは少し立場が違うのか。
本書は以下の構成になっている。
【第1章 ストライキの「原理」─東京駅自販機争議の事例から】 【第2章 新しいストライキ】 【第3章 今、世界のストライキは】 【第4章 資本主義経済の変化と未来のストライキ】
今野さんは大学生時代にNPO法人「POSSE」を立ち上げ、若者からの無料労働相談を受けてきた。これまでに1万件を超える相談にかかわってきたという。12年には『ブラック企業』を出版し、「ブラック企業」という言葉が広がる手助けもした。行政や政治家にも対策を提案し、法律改正にも貢献した。だが、事態は変わっていないという。
日本の「ブラック企業対策」に決定的に足りないものは何か。そう考えた時、思い当たったのが「ストライキ」だという。
海外では今も当たり前のようにストライキが行われている。しかし日本では近年ほとんど見かけなくなっている。
そしてもう一つ気がついたのが、ストライキと実質賃金の相関関係だ。ストライキを忌避する日本ではこの20数年間、実質賃金がほとんど上がっていない。ところが、ストライキが減らないアメリカ、イギリス、フランス、ドイツなどでは着実に上昇している。
海外ならブラック企業は、ストライキによって手厳しく批判されるはず。ところが日本では手ぬるい。だから彼らを延命させているのではないか――。そんな思いが本書の起点になっている。
そうした目で改めて日本の現状を見つめなおすと、いくつかの新しい動きも起きている。冒頭で本書が取り上げているのは、2018年の「東京駅自販機争議」だ。労基署から労働環境の是正勧告を受けているのに、会社が不十分な対応しかしない。社員14人が「ブラック企業ユニオン」に加入して団体交渉した。最初は「残業ゼロ・休憩1時間」の「順法闘争」。そしてストライキに突入。詳しい内容は本書で確認していただくとして、実質勝利した。
大きかったのはネットの支援だ。事態が報じられると、ツイッターはほぼすべてがストライキを支持する声で埋まり、会社側は「火消し」に追われた。
今野さんはこの時の重要な教訓を記している。それは「職業安定法」の活用だ。会社側が急きょ「スト破り要員」を採用し、対応にあたると、ストの意味がなくなる。職業安定法では、ストが発生している時はハローワークの求人を止めることができるという規定があるそうだ。「自販機争議」では、ストライキ側が「求人」のストップをハローワークに要請した。管轄の労基署によると、管内では10年ぶりだったという。
ネットの支援や、企業に「求人」をさせない行動。たしかに大昔のストとは様相が異なる。
本書ではこのほか、【第二章】で佐野サービスエリアなど、国内での新しいストの様子をいくつか紹介している。「佐野」は各種メディアで報じられた。ストに参加したのは、フードコートや売店で働く人たちだった。約50人が1か月続けた。このときもSNSで注目され拡散した。
最近は私立高校の臨時教員によるストも起きている。驚いたことに今や私立高校では4割が期限付きの臨時教員なのだという。経営陣がコストカットで臨時教員を増やしているからだ。「非正規」が教育現場にも広がっている。
海外の様子も報告されている。グーグルでは社内のセクハラ対策の不備などをめぐり2018年10月にストがあった。アマゾンの物流倉庫では時給改善などを求めて主要国でストが繰り返されている。ドイツではルフトハンザのパイロットが、強制送還される外国人の搭乗する飛行機の操縦を拒否した。
近隣国では、韓国の大規模なストがしばしば報じられている。政治性も強い。台湾でも大手航空会社の客室乗務員が労働条件の改善を要求してストに入っている。実は中国でも、厳しい政治体制の中でストが頻発しているのだという。毎年1000件以上起きているという。香港は周知のとおりだ。
こうして各国のスト事情を眺めると、経済が伸びている国は必ずストが起きていることが分かる。日本もかつてはそうだった。デモやストをやるエネルギーがないと、社会や経済に元気が出ないのかもしれない。本書には「付録」として「労働運動やストライキを行うためのQ&A」が巻末についている。
BOOKウォッチでは関連で『「働き方改革」の嘘――誰が得をして、誰が苦しむのか』 (集英社新書)、『企業ファースト化する日本』(岩波書店)、『トラック運送企業の働き方改革』(白桃書房)などを紹介している。また、『ストする中国――非正規労働者の闘いと証言』(彩流社)、『八九六四――「天安門事件」は再び起きるか』(株式会社KADOKAWA)、『香港デモ戦記』 (集英社新書)、『香港と日本』(ちくま新書)なども紹介している。日本経済が低迷し、実質賃金が伸びない話は『貧乏国ニッポン――ますます転落する国でどう生きるか』(幻冬舎新書)、『なぜ日本だけが成長できないのか』(角川新書)、『平成はなぜ失敗したのか』(幻冬舎)などに詳しい。
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