中国貿易に関わるビジネスマンにとっては気になる本ではないか。『ストする中国――非正規労働者の闘いと証言』(彩流社)。表紙には、ストをやろうと結集したように見える労働者の写真があしらわれている。
だが、ちょっと残念なところがある。話が古いのだ。本書の原本が中国で刊行されたのは2011年。扱われている事例は、それ以前のことになる。多くの読者が知りたいのは、もっと最近の実情だろう。
とはいえ、本書はなかなか貴重だ。日ごろあまり伝えられない、多数の中国の非正規労働者の証言が集められているからだ。ストに参加した労働者は何が不満だったのか。彼らの怒り、行動に及んだ心理的な要因はいつの時代も変わらないことだろう。今後も起きうる話として読むことができる。
本書は、著者の郝仁さんが中国のNGOを退職して工場労働者になり、活動家のネットワークを作ってスト関連の聞き込みをした調査がもとになっている。原本は、『珠三角抗争人口述集』(2011年刊行)。非売品で部数も限定されていた。その英訳版が16年に書籍として刊行され、それを翻訳したのが本書だ。
「工場閉鎖に対する闘い」「賃金カットに抗する闘い」「賃上げ要求スト」の3章に分けて、2010年ごろまでの中国における労働運動を現場レベルで精査している。
当時は進出企業で争議が多発していた。広東省のホンダ部品工場の争議などを思い出す。本書でも「香港資本の工場閉鎖」「日系企業の工場で高温度手当を求めるストライキ」などの項目がある。「女性労働者が語る、3度のストライキ経験」「男性労働者が経験した2回のスト」などの報告もあり、それぞれの体験談がモノローグ形式で掲載されている。なぜ参加したか、何が不満だったか、どう推移したか。末端参加者だけでなく、リーダーたちの動機や生活歴も語られている。急成長した中国が抱える問題を改めて認識できる。
中国という国はなかなか複雑だ。評者は10年近く前、カルチャーセンターで、いまJ-CASTニュースに「天安門クロニクル」を連載している加藤千洋さんの講演を聞いたことがある。建国60年の中国。単純化すると、前半の30年は社会主義だが、後半の30年は資本主義だというのだ。
つまり、社会主義のフリをしているが、実態は「資本主義国」として急激な成長途上にある。したがって諸矛盾が蓄積する。労働者と「資本家」との格差も広がる。多くの先行資本主義国が辿った道だ。解消するにはハイレベルの経済成長を軸としながら、様々な手立てが必要になる。
本書で石井知章・明治大学教授が、中国の労働問題の状況を解説している。中国では1949年の建国以来、何度か憲法が変わった。75年の憲法では「公民は言論、通信、出版、集会、結社、行進、示威、およびストライキの自由を有する」とされていた。しかし、82年制定の現憲法では「ストライキの自由」という規定が削除された。ただし、消えたことが即禁止ということではないらしい。微妙な状態になっているという。
石井さんは、中国で唯一の公式に認められた全国規模の労働組合「中華全国総工会」(工会)に関する法律を参照する。2011年に改定された「工会法」に興味深い規定があるというのだ。「企業、事業所において作業停止、職場放棄が発生した場合、工会は従業員を代表して、企業、事業所または関係方面と協議を行い、従業員の意見および要求を報告し、且つ解決のための意見を提出するものとする」と記されている。石井さんは「作業停止」と「ストライキ」は同義とみる。労働者が「スト権」を有すると規定されているわけではないが、「スト権」の保持が前提となっていると解釈することが可能、というわけだ。
なんともまだるっこいが、これが中国だ。労働者にとって大変重要なスト権の規定が、労働者が主人公であるはずの国で明確ではない。困ったものだ。背景には、「中国の企業は人民に属しているがゆえに、ストライキによる生産の停止は、労働者階級を含む人民全体の利益の破壊である――という社会主義的な考えもあるらしい。為政者にとって都合の良い時だけ「社会主義」が登場する。
文句を言ってみても、そんな中国と上手に付き合わないと日本は生きていけない。とっくの昔から日本の最大の貿易相手国になっている。中国に拠点を置く日本企業は3万社を超えるという。ジェトロなどからも中国の労働問題に関する関連書は出ているようだが、本書は現場の生の声を丹念に拾っているので、より参考になるだろう。
中国関連で本欄では『習近平のデジタル文化大革命』(講談社)、『作家たちの愚かしくも愛すべき中国』(中央公論新社)、『中国人のこころ』(集英社)、『習近平と米中衝突』(NHK出版)、『八九六四――「天安門事件」は再び起きるか』(KADOKAWA)、『未来の中国年表』(講談社)など多数を紹介している。
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