自動車の部品などに不具合が見つかり、メーカーが無償で部品を交換するリコールはかなり頻繁に起こっている。事故につながりかねないような重大なケースやメーカーが隠蔽したことが明らかになったときに社会問題となり、メーカーの経営が危うくなることもある。
近年では、2004年に三菱自動車がリコール隠しを続けていたことが分かり、大きな問題になった。その後、日産との経営統合に至った大きな要因となったことは否めない。また14年にはホンダが、タカタ製エアバッグの不具合に関して、原因特定のための調査リコールを全世界で行うと発表。費用は1兆円を上回ると見られた。
リコールをテーマにした小説としては、池井戸潤さんの『空飛ぶタイヤ』(06年)が有名だ。三菱自動車によるリコール隠しがモデルとされ、直木賞候補にもなった。自動車メーカーは地上波テレビ局にとって大スポンサーなのでテレビドラマ化は難しいとされたが、衛星放送のWOWOWが名乗りをあげ、連続ドラマを放送し話題にもなった。
自動車は数万点もの部品の塊であり、製造工程も複雑だから、よほど自動車に精通していないと小説の舞台にするのは難しい。本書『リコール』(ポプラ社)は、その壁を打ち破り、正面からリコールに向き合った作品だ。
横浜に本社と主力工場があるキャピタル自動車が舞台だ。世界第二位の販売台数を誇る同族経営の会社という設定には、トヨタと日産を合わせたようなニュアンスを感じる。主人公の藤沢美希は大卒で入社3年目のエンジニア。父親がキャピタルに部品を納入する町工場を営んでいた環境で育ったため、自ら現場勤務を志願した変わり種だ。熟練工の白鳥班長が率いるエンジン部品の組み立て工程で汗を流していた。職場の飲み会で主力車種の新型バレットの事故が多いと話題になっていたある日、美希は突然、本社の専務秘書への異動を命じられる。
新しい上司の谷原は東大工学部を出て異例の早さで昇進したエリートだが、社長令嬢と結婚したおかげと陰では言われていた。会社はアメリカのAI業界大手のガイアとの協業を模索していた。美希の最初の仕事も来日したガイアCEOの工場見学をうまくサポートすることだった。
仕事に慣れてきた頃、谷原は役員会でバレットのリコールを進言するが、社長以下に退けられ、子会社の営業部長への転籍を命じられる。谷原は美希を呼び、秘書に指名した理由を教える。そして不具合の原因調査を依頼する。
役員秘書の女性が一人でそんな難題を解決できるのか、と思うが、彼女は元の職場の仲間や会社内外に協力者をつくり、少しずつ真相に近づいていく。しかし、思いがけない落とし穴が待ち受けていた。
よくあるエンタメ企業小説かと思い読んでいたら、主人公以外は退場を余儀なくされ、いったいこの先どうなるんだ、と絶望的な気分になる。鍵はAIにあった。
著者の保坂祐希さんは、「大手自動車会社グループでの勤務経験がある」という簡単な略歴紹介があるだけで、おそらく本書が最初の作品と思われる。しかし、自動車製造の現場や自動車会社の将来像について、多くの関係者に取材し謝辞を述べている。自らの経験も役に立ったと思われる。執筆中にもトヨタとソフトバンクが自動運転技術で提携することを発表するなど、AIがこれからの自動車産業の根幹を握っていくことが予想される。だが、どんな時代になっても安全な車をつくるという技術者たちの思いがその根底にあることは疑いようがない。
機械的な不具合から電子的な不具合へと「リコール」の質的な変化が進むであろう将来、本書は予言的な作品として読みつがれるだろう。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?