「東京が発熱していた時代の女たちと男たちの物語。四半世紀の沈黙を破り、小林麻美自身が初めて語る――」。
本書『小林麻美 第二幕』(朝日新聞出版)は、歌手・女優の小林麻美さんの評伝。著者は、東京FMのラジオプロデューサー・延江浩さん。本書は、「AERA」2018年8月27日号、9月3日号に掲載され話題を呼んだ「第二幕――小林麻美とその時代」(前後編)に本人のインタビューを重ね、大幅加筆して書籍化したもの。
小林麻美さんは、1953年東京都生まれ。72年「初恋のメロディー」で歌手デビュー。70年代後半、資生堂、PARCOなどのCMが話題になる。84年、松任谷由実さんがプロデュースした「雨音はショパンの調べ」が大ヒット。時代のミューズとなりながら、91年、結婚を機に突如引退。2016年、ファッション誌「クウネル」(マガジンハウス)の表紙を飾り、復活。四半世紀を経て「鮮やかな引退と復活劇、東京が一番輝いていた時代」を本書で初めて語る。
著者の延江浩(のぶえ ひろし)さんは、1958年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。TOKYO FMゼネラルプロデューサー。作家。編集者。
本書は「誕生」「東京オリンピック」「初めてのボーイフレンド」「スカウト」「禁断の恋」「田邊昭知」「『淫靡と退廃』」「ユーミン」「『雨音はショパンの調べ』」「極秘出産」「サンローラン」の順に、「小林麻美」の半生を振り返る。幼少期、デビュー前、両親などの貴重な写真も載せている。
本書の冒頭より、「小林麻美」の当時の存在感、影響力がわかる部分を引用する。
「石岡瑛子のアートディレクションによるPARCOのCM『淫靡と退廃』(1977年)で注目され、松任谷由実がプロデュースした大ヒット曲『雨音はショパンの調べ』(1984年)で見せたアンニュイな大人の魅力は、和製ジェーン・バーキンと称された。
都会的で洗練されたそのファッションは、長い髪が長身に映えた彼女ならではのものたった。『女が女に憧れる』(松任谷由実)というロールモデルを作り、それまでの日本女性のイメージを覆し、鮮烈な印象を残した。」
しかし、1991年に突如引退し、芸能界から姿を消した。「引退は自分なりの禊だった」と振り返る。15歳でスカウトされ、芸能界とモードの世界を行き来し、最先端のアーティストと交友した「小林麻美」の知られざる半生、芸能界から姿を消した理由とは、一体どんなものだったのか――。少女時代の記憶、松任谷由実さんとの友情、夫・田邊昭知さんとの日々を語る。
「私は自分を何層もの蝋で固めていた。でも、これからはその蝋を溶かそうと思う」
「小林麻美」は本名・小林稔子(としこ)。父は長身で優しくユーモアがあり、外に女性が何人もいた。夫の不在が寂しかったのか、母も外出ばかりだった。父に思いきり甘えることができなかった体験から、その後の人生で知る男たちを父になぞらえることになった。小説や映画、音楽で知る男に、父のイメージを探した。
中学3年生のときにスカウトされたが、高校に進むと、神経性胃潰瘍、骨髄炎、急性肝炎で3回入院した。それは父がいない寂しさからくるストレスだった。病気になることで父の関心を得ようということもあったのかもしれない。
芸能界にあまり興味はなかったが、「何かやってみようかなということだったと思う」と振り返る。「何に関してもティーンエイジャー特有の無関心を示す不良少女」だった稔子に、芸能界の扉が開かれた。
稔子は学校に行きながら、CM、ドラマの仕事を始めた。18歳で歌手デビューが決まり、芸名を「小林麻美」とした。おしゃれも遊びも精一杯やった。16歳からの5年間は「早送りするような速度と密度」で生きていた。その後、後に夫となる田邊昭知さんと出会う。今では「主人には感謝しかありません。ずっと、大切な人なんです」と語る。
二人はまっとうな付き合いを始めるが、年齢差もあり、芸能界のしきたりとして許されるものではなかった。しかし、麻美の中には結婚願望があり、幸せな家庭を夢見ていた。付き合い始めて17年目に妊娠。未婚のまま出産し、その後結婚、引退した。
「自分の生き様に合わさせてしまった。周りにもたくさん迷惑をかけた。やっぱりある種の禊というか、何かを捨てなければいけないって思った」
こうして公の場に出ることはなくなり、芸能界の交友関係を一切絶った。「小林麻美」は消え、私人として家に入った。「52歳と37歳の私たちは親として歩き始めた。その道は想像を絶する大変さと、想像を絶する幸せの時間の始まりでもあった」――。妻、母親として過ごした時間が、充実したものだったことがわかる。
小林麻美さんの半生を駆け足で紹介したが、最後に、時代や職業の違いを越えて、女性の内に秘める共通の想いではないかと思った部分を引用する。
「好奇心が燃えカスのように残っていたんですね。というより敢えて見ないふりをしてきたのかもしれません。洋服だって無難なものを選んでいた。目立たないようにと。でもどこかに『目立ちたい自分』がいたのかもしれない。そして、やっと『目立ってもいいのかも』って思った」
「育児や子育てでキャリアを中断せざるを得ないことはもちろんあるけれど、誰にだってその年齢でできることがある。次というものがあると信じたい。だから諦めずにやろうよって。......キャリアは必ず生かせるのだと思う」
リアルタイムでは知らない30代の評者でも、本書を読んで「小林麻美」という歌手・女優の半生を知り、共感や憧れが芽生えた。
芸能界という特殊な環境、相手は15歳差の事務所代表という制約の中で、極秘出産する道を選んだ。その後の結婚、引退と、人生の岐路に立たされた時、どんな思いで決断したのか。人生の方向を大きく変える出来事にどう向き合ったのか、関心を持って読んだ。そうした人生の選択とともに、華やかな芸能界の仕事、歌手・女優の私生活、バーキンやサンローランを好むファッションセンスにも刺激を受けた。どれをとっても自分とはかけ離れているが、女性の生き方の一つのモデルとして時代を越えて憧れる。
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