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銀座<姫>ナンバーワンの数奇な人生描いた実録小説

夜間飛行

 女優のポートレートのようなモノクロ写真が、表紙の中央にあしらわれた本書『夜間飛行』(新潮社)。帯の「銀座の不夜城に降臨した運命の女」という文字にひかれて読み始めた。新人の第一作らしからぬ堂々とした筆致で、高度成長期の夜の銀座を浮遊する女たちが描かれている。なぜ、今こんな小説が書かれたのか、その疑問は最後に明かされた。

山口洋子さんがスカウト

 九州・博多郊外の港町の大きな料亭・富貴楼。主の娘、裕子の葬儀の場面から始まる。県知事、代議士らの花輪が並び、王貞治、長嶋茂雄、勝新太郎...と書かれた香典がぎっしりと段ボール箱に詰まっていた。裕子の姪・梢の視点から裕子の生涯を振り返る。

 元東映のニューフェイス女優山口洋子は1963年、銀座6丁目に「姫」を新築オープンするにあたり、銀座ナンバーワンのホステス、光を自らスカウトしようと面談した。

 「どうだい、アタシの酒場(みせ)にきてくれないかい。銀座一のホステスっていわれるあんたがいてこそ、うちも銀座一ってことだろ」
 「ホステスって言わないで。私は女給よ」

博多からの逃亡

 物語は、ここから裕子が銀座の花形ホステス、光になるまでの数奇な運命をたどる。

 料亭の娘として何の苦労もなく育てられた裕子は、ひょんなことで博多・中洲のチンピラ昭夫と所帯を持ち、小さな喫茶店を二人で切り盛りする。ベッピンさんの裕子目当ての客も多く、店は繁盛したが、昭夫はしだいに本性を見せ始める。屈辱的な難題をふっかけられた裕子は生まれたばかりの娘を残し、博多から逃亡する。

 奈良の料亭旅館の仲居になった裕子は「ゆき子」となって淡々と働く。もともと料亭で育った裕子だから、仕事にはすぐに慣れた。住み込みの仲居仲間やひいきの客らとのやりとりがあり、底冷えがする中にもほっとするような温かさが感じられる時期だった。流されるように生きてきた裕子に強い自我が生まれた。

 大阪の北新地のクラブで光として働くようになった裕子。ずっと消息を探していた兄・武之がとうとう店を突き止め、対面する。翌日、一緒に博多に帰ると約束した裕子だが、手紙を残してふたたび姿を消す。

竜宮城のような店

 ここからは「姫」で光として輝き出す裕子が生き生きと描かれる。吉行淳之介ら「第三の新人」といわれる作家たちが店に集まった。「竜宮城のようだな」と感想をもらした作家もいる。芸能人、歌手、野球選手、財界人、老舗の御曹司らで店は毎日、お祭りのようだった。そこをママ、山口洋子の右腕となって仕切っていたのが、光だった。ホステスではなく、自らを「女給」と呼ぶ自負があり、店だけではなく、銀座の華として誰もが注目した。

 たまたま福岡の昔の頃を知る医者の院長先生が店に来た。

 「神隠しにおうた子供が出て来た。別嬪になって出て来た」

 裕子は郷里への「凱旋」に応じる。ミッションスクールの制服を着た中学生の私は、久しぶりに叔母と対面する。バービー人形のような美しさに圧倒され、息を飲むばかりだった。

 この凱旋の後、銀座に戻った光は数年後31歳で自死する。あまりにも陳腐な理由で。

 裕子=光の生涯を駆け足で紹介したが、本書の読みどころは、銀座の華やかさではなく、郷里の岬町の描写にあると思った。父の干支吉は博打のカタに料亭・富貴楼を取り上げて店を構えたという一代で財を築いた男。町議会議員を務める町の名士だ。町に映画館があり、商店街に活気があった昭和がノスタルジックに描かれる。

 裕子はちょっとした運命のいたずらで、故郷でのありえた人生ではなく、別の道を歩んだ。そして兄の武之は「お前の一生はまんざらじゃあなかったとかもしれんねえ。なんか俺はそえんか気がするやねえ」と振り返るのだった。

叔母の一生を描いた著者

 この一風変わった小説には「あとがき」があり、著者の北迫薫さんが、詳しく舞台裏を書いている。叔母の本当の源氏名は「まこと」と言い、実際に銀座「姫」のナンバーワンだったのだ。著者は梢として登場する。

 叔母の死から16年後の1985年、<姫>のオーナーママ山口洋子さんが直木賞を受賞。さらにその11年後にノンフィクション『ザ・ラスト・ワルツ 「姫」という酒場』を出す。そこに叔母を同志としながらも遺族としては許せない、ある記述があった。本書には身を投げ出して店を救った侠気ある行動として出てくる。

 北迫さんは、そこから叔母の実像をこつこつと書き始めた。のちにその山口さんの本が文庫化されたときに、叔母の写真が1枚追加されていることに気がつき、山口さんへのわだかまりは解けたという。

 ところでタイトルの「夜間飛行」は、叔母が愛用した香水から取っている。彼女にふさわしい高貴なタイトルだ。

 北迫さんは1954年福岡県生まれ。武蔵野美術短期大学卒。最初の作品だが、驚くほど完成度が高い。叔母へのなによりの供養になるだろう。

  
  • 書名 夜間飛行
  • 監修・編集・著者名北迫薫 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2020年2月20日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数四六判・233ページ
  • ISBN9784103522911
 

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