東京・銀座のランドマークの一つとして知られたソニービル。建物は2017年末までに解体され、この夏から、その場所には「Ginza Sony Park(銀座ソニーパーク)」が開園した。同施設は東京五輪が行われる20年までの時限営業。その後は新ソニービルの建築がはじまり、22年秋に竣工予定という。
本書『ソニーは銀座でSONYになった』(プレジデント社)は、ソニーが世界ブランドに成長するため同ビルに託した先進的ミッションを明かしたもの。創業者、盛田昭夫氏らによる情熱を注いだ取り組みを知ると、4年後の新ランドマークへの期待がたかまってくる。
「ソニービル」の場所は、皇居前から東に向かい東京湾に伸びる晴海通りと、外堀通りが交わる「数寄屋橋交差点」の一角。JR有楽町駅近く、東京メトロ(地下鉄)銀座駅と地下で直結しており、銀座散策の待ち合わせ場所としてもおなじみのスポットだ。「ソニー」「SONY」の名前を、その製品に親しみがない人たちにも知らしめる役割を果たしてきた。
開業したのは、前の東京オリンピックが開催された2年後の1966年4月29日。なにかの縁起をかついだものか、新しいビルも次の東京オリンピックの2年後に竣工が予定されているという。
盛田氏が共同創業者の井深大氏らとソニーの前身である東京通信工業を設立したのは1946年。創業当初は「江戸時代以来の名門ビジネス街」である日本橋で間借りをして事業活動を行っていたが、その後「五反田」に移転し55年に「SONY」を商標登録。テープレコーダーやトランジスタラジオを開発し、世の中を驚かせながら成長軌道に乗ったという。
ソニーの名前が知られるようになったのは喜ばしいことだったが、盛田氏ら会社首脳には引っかかるものが...。それは「五反田のソニー」というイメージが定着しそうな気配。「いつの間にか全売上高に占める輸出の金額は40%にまでなろうとしていた。世界を相手にする企業が『五反田村』のソニーでいいのか」。その先見性で知られる盛田氏はこう考えたという。「世界に知られている日本の地名、それは東京であり、東京のなかでも銀座。だから理想的には、ソニーといえば銀座、銀座といえばソニーにしたい」。そして61年4月には、銀座進出を目的にした不動産管理会社を設立。至難の業を承知で地所買取に乗り出す。
テープレコーダーやトランジスタラジオから、トリニトロンカラーテレビ、8ミリビデオのほか、音楽リスニングシーンに革命をもたらしたウォークマンなど、時代を先取りした製品で知られるソニー。銀座のソニービルも単なる本拠の一つとしてではなく「日本初のショールームの集合体」を目指して計画された。
だが、成長軌道に乗ったとはいえ、先発の総合家電メーカーに比べれば企業規模はまだまだで、実のところは、ショールームをつくっても運営が重荷にもなりかねない。基本的な考えは「既存のショールームの概念をくつがえしたい」ということ。そして、多くの人が一度は足を運んでみたいと思わせる建物にしたいということ。それらをかなえるために、ソニーのイメージに合う、あるいは共通するような顧客層を持つ企業の協力を得たうえでの「集合体」つくりが考えられた。いまでは、企業やブランドが融合した施設は珍しくない。ソニーは、そうした施設つくりの面でもパイオニア的役割を果たしていたのだ。
ソニービルを訪れた経験のある人は記憶にあると思われるが、建物内は各フロアを上から少しずつ下りながら、あるいは、下から上りながら、巡れるようになっていた。これは、米ニューヨークのグッゲンハイム美術館をヒントにしたもの。同美術館は建築界の巨匠として知られる、フランク・ロイド・ライトの設計によるもので、内部がらせん状の通路になっていて、上の階から展示作品を見ながら進み、いつの間にか1階に降りてくる。ソニービルでは、建物が立つ面積の関係からステップにして応用したという。盛田氏の発言がきっかけになって実現したものだ。
建設費は32億円。ソニーにとっては失敗の許されない一大プロジェクトだったという。ビルの大半にショールームの機能を持たせた、当時の日本としてはまさに前例のない試み。インターネットの登場を境に、エレクトロニクス企業から、エンターテインメント部門などへの進出を強化するなど事業ではマルチ化が進むソニー。このほど発表された2019年3月期の業績予想では、2年連続の最高益更新が予想され、すっかり復活を果たしたよう。新しいビルでも前例のない試みが期待できそうだ。
著者の宮本喜一さんは、ソニーのほかマイクロソフトで勤務経験を持つジャーナリスト、翻訳家。1948年奈良市生まれ。71年一橋大学社会学部卒業、さらに74年に同経済学部を卒業してからソニーに入社した。同社ではおもに広報、製品企画、マーケティングなどを担当。94年にマイクロソフトに入社しマーケティングを担当。98年に独立して執筆活動に入った。著書に『マツダはなぜ、よみがえったのか?』(日経BP社)、『井深大がめざしたソニーの社会貢献』(ワック)など。
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