「妖怪」や「化け物」(合わせて怪異と呼ぶ)と聞くと「そんな現実と無関係の空想物にかかずらっても、面白くもなければ、ためにもならない」と思う人が大半ではないだろうか。しかし、怪異は、現実とあながち無関係ではない。本書『怪異古生物考』(技術評論社)は、その証明に取り組んでいる。つまり、昔の人たちが怪異をそう考えた、根拠を示す試みだ。
使うのは古生物学。地質時代に生きた生物の分類や生態、歴史、進化を明らかにするれっきとした学問だ。
著者の土屋さんは、少年時代からの恐竜趣味が高じて金沢大理学部地球科学科に進学。恐竜化石が多く見つかった手取層群が近くにあるためだ。大学と大学院で白亜紀を主とした対象に地質学、古生物学、地球化学を学んだ。卒業後は科学雑誌『Newton』の編集者に。その後、独立し、サイエンスライターとして活動している。恐竜関連の一般向け著作が多く、日本地質学会と日本古生物学会の会員でもある。
本書は、奇想天外で架空の化け物とされてきた、さまざまな怪異を取り上げている。ユニコーン、グリフォン、ルフ、キュクロプス、龍、ぬえ、天狗、八岐大蛇(やまたのおろち)、鬼――9種だ。
それぞれに、伝承の内容を紹介した後、古生物を化石などの標本による形態、古生物学による生態などから推測して伝承の起源を絞り込んでいる。
土屋さんによると、ユニコーンの正体と目される古生物は、エラスモテリウムだ。つまり現生種のサイと同じ科の動物で、インドサイやジャワサイと同じく角は1本。約2万6000年前に絶滅したとされる。角が2本のシロサイやクロサイとは異なる。
ヨーロッパで最初に報告したのは紀元前4世紀後半のギリシアの歴史家・クテーシアスだ。同時代の哲学者・アリストテレスも言及。さらにその後の政治家・メガステネスにつながる。インドに駐在した経験があり、ユニコーンを「馬程度の大きさ、足首は象に似ていて眉間に生える角は黒く、尖っていて強靭。そしてらせん状の痕がある......」としたらしい。
それが、1世紀半ばの博物学者・プリニウスでは「彼(メガステネス)によれば、インドには中の詰まった蹄、1本の角の牛がいる......馬に似ているが、頭は雄鹿に、足は象に、尾はイノシシに似ている......そして額の中央から突出している2キュービット(約60センチ)もある1本の黒い角を持つ」となる。
そんな特徴について、土屋さんは、額の長い角に注目する。プリニウスの記述とエラスモテリウムを比較。馬に似た身体や雄鹿に似た頭部は相似性が微妙だとしながらも、最大の特徴である角や、足、尾については整合的だと判断する。
土屋さんによると、サイ科動物の角は化石にはならないそうだ。骨ではなく、毛髪がまとまって出来ているからだ。しかし、台座に当たる部分の骨が盛り上がるので、角の位置や大きさが推定される。
それでも、この動物をユニコーン神話の原型にするのには無理があった。人類がこの動物と遭遇することはなかったからだ。従来の定説では、エラスモテリウムの絶滅時期は、12万6000年前だった。ところが、2016年に中央アジアで化石が発見。約2万6000年前と改められた。だとすると、人類が遭遇した可能性ががぜん強まった、と言う。
以上が、ユニコーンの原型推理のあらましだ。余談だが、一部で海生哺乳類イッカクがユニコーンの正体だとするのは、ペテン師のねつ造らしい。長い角(実は牙)が万能薬だと触れ込んだ。エリザベスI世に献上されたそれは1万ポンド(城が1つ買える)の価値があったと言われる。
土屋さんのこうした推論には、久正人さんによるイラストが添えられて怪異と実在した古生物の類似点がよく分かるようになっている。また、専門の古生物学研究者によるセカンドオピニオンも加えられて客観性が持たされている。専門の古生物学研究者としては、本書の監修に当たった荻野慎諧らが登場する。BOOKウォッチでは荻野さんの『古生物学者、妖怪を掘る』(NHK出版)を紹介している。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?