読むべき本、見逃していない?

劇作家の別役実さんが冠婚葬祭を大事にするワケ

  • 書名 風の演劇 評伝別役実
  • 監修・編集・著者名内田洋一 著
  • 出版社名白水社
  • 出版年月日2018年9月 5日
  • 定価本体4200円+税
  • 判型・ページ数四六判・357ページ
  • ISBN9784560096505

 日本の不条理劇を確立した劇作家・別役実の本格的な評伝が出た。本書『風の演劇 評伝別役実』(白水社)の著者は、日本経済新聞編集委員の内田洋一さん。朝日新聞記者だった演劇評論家の扇田昭彦さんが亡き後、現役を代表する演劇記者らしい充実した仕事だ。

 タイトルの「風の演劇」とは、別役さんの舞台にはいつも乾いた風が吹いているような気配がある、と内田さんが感じているからだ。その作品の舞台には電信柱だけ、登場人物は男1、男2、男3、女1、女2と名前はなく、そっけない。不条理劇といえば『ゴドーを待ちながら』のサミュエル・ベケットが有名だが、別役さんはその試みを継承した劇作家と位置づける。

 風と電信柱の原風景を探しに、別役さんが生まれたかつての満洲(中国東北部)の取材から始まる。父憲雄は東京外国語学校(現東京外国語大学)でロシア語を学び、満洲国国務院総務庁に勤める官吏だった。宣撫工作やノモンハン事件の捕虜の尋問にあたった。その一方、甘粕正彦が指揮する満洲映画協会(満映)に出入りし、同人雑誌をつくり日系の劇団で舞台にも立つインテリ文化人の顔もあったという。

寺田寅彦の旧宅に身を寄せた

 内田さんは「てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた」(安西冬衛「春」)という詩を引用し、大陸への雄飛を夢見たロマンチストとしての父の肖像を描いている。だが憲雄は1945年3月、日本の敗戦を前に結核で亡くなる。8歳の別役さんは母に手を引かれ、父の故郷高知へ身を寄せる。なんと曾祖母は物理学者にして名随筆家で知られる寺田寅彦の姉・駒で、一家はこの駒ばあさんを頼ったのだ。

 その後、一家は母の出身地、静岡県の清水、満洲時代の知り合いがいた長野市、さらに東京と移り住み、別役さんは早稲田大学に入学、演劇活動にのめりこむ。大学を中退した別役さんが最初に見つけた職は松川事件対策協議会の事務局で、当時の日本経済新聞の労働組合の部屋にあったという。その後、東京土建一般労働組合港支部の書記となり、大工さんや左官屋さんの生活を支えた。岸田戯曲賞を取るまで、組合で働きながら、戯曲を執筆する日々が続いた。

 満洲や大陸から引き揚げた文化人としては、作家の安部公房や五木寛之、指揮者の小沢征爾らの名前が挙げるが、日本的な湿潤さとは異なる感性が共通するようだ。

 本書は丹念に年譜をたどり、小劇場運動、新劇の離合集散を追いながら、別役演劇の核心にふれる。「別役実は冠婚葬祭への出席や寺社への参詣をこまめにこなした。それが小市民社会に溶け込む手続きでもあるかのように」という1行は、ふるさとを持たないデラシネゆえに小市民たらんとする劇作家の生き方と作品世界を言い当てているように思える。

 後年、別役作品には俳優の中村伸郎さんがよく出演した。あの品の良さが小市民の不条理な状況を表現するには、うってつけだったに違いない。

 巻末には144プラス番外5つと日本の劇作家としては、とほうもない数となる別役戯曲の総覧と年譜を収録。パーキンソン病で入院中の別役さんとの6年にもおよぶ長尺のインタビューや多数の関係者への取材が興味深いエピソードを引き出している。評伝的記述と作品論、演劇論がまさに絶妙なバランスで成り立ち、これぞ「決定版」という仕上がりになっている。   

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