「なんとなく今日ついていない......」という日は、おそらく誰にもあるだろう。そのついていない日数の多い・少ない、ついていない度合いの高い・低いはあくまで本人の受け止め方次第で、他人と比べられるものではない気がする。それでも、客観的に見て「なんだかいろいろ大変そう」というケースもある。
漫画家・山本さほさんの本書『きょうも厄日です1』(文藝春秋)は、なぜかトラブルばかり引き寄せてしまう著者の実録ハプニング・コミックエッセイ。「毎日が落とし穴だらけ.........!」な主人公・山本さんのスリリングな日常を面白おかしく描いている。漫画に描くために著者のアンテナはトラブルに敏感になっているのかもしれないが、それにしてもけっこうなトラブルの連続である。
本書は「露出狂おじさん」「本当にあったインターネット怖い話」「悪質エステ」「事故にあう」「書字表出障害」「免許失効」「マッサージであった酷い話」「切ない恋のお話」など26編に加えて、特別編「世田谷区役所との攻防」を収録。
身近なものから背筋が凍るものまで、さまざまなタイプの事件・トラブル・厄介事が揃っている。本書は、文春オンラインの連載(2019年7月~2020年3月)に描きおろしの「特別編」を加えたもの。
横広な輪郭がチャーミングな主人公・山本さんが、どんなピンチに直面し、いかにして一件落着を迎えるのか――。絵・吹き出し・コマ割りなどを総合した面白さは、ぜひ本書を読んで堪能していただきたい。ここでは、本書の笑える雰囲気がなるべく伝わりそうなエピソードを紹介しよう。
23歳の頃、山本さんが働いていたリサイクルショップでのこと。おじさんがオープン前に自動ドアを手で開けて入ってきた。「すみません、オープン11時からなんですよ~」と伝える山本さん。「せっかく来たのにさ~」と怒るおじさんにひたすら謝り続ける。ふとおじさんを見ると、強烈な違和感が。「あれ...? なにか出てる...?」と目を凝らし......。(「露出狂おじさん」)
ベトナム旅行中に適当に入ったマッサージ店でのこと。ゴッ、ゴッ......横になった山本さんは、女性マッサージ師に殴られはじめた。「世界は広い...こういうマッサージもあるのかもしれない...」と自分に言い聞かせる山本さん。しかし、あらゆる角度から殴られた末に背中に乗られ、「まさか...!! やめてくれよっ...!!」と思ったら......。(「マッサージであった酷い話 後編」)
最後にもう一つ。本書の帯に「あの区役所との闘い」とある。一体何のことかと思ったら、世田谷区役所で海外の子どもたちに漫画を教えるイベントがあり、山本さんがその講師を引き受けたことに端を発する話だった。
イベントの準備段階から当日まで、区役所の担当者・M山氏の対応があまりにも理不尽だった。腹を立てた山本さんは、その一部始終を漫画に描いて投稿。すると、それにより山本さんは「大炎上」。「あまりの反響に怖くなってしまった」としている。
結局、世田谷区長が事実を認め謝罪文を出し、M山氏の上司が謝罪に訪れ、和解。事を大きくしてしまったと、山本さんはかえってM山氏に対し申し訳なく思いはじめた。ところがその一年後、山本さんは思わぬところでM山氏を見つけてしまう。「ん? あれ...?」......。(特別編「世田谷区役所との攻防」)
山本さほさんは、1985年生まれ。幼少時代からの親友・岡崎さんとの友情や子ども時代の思い出を描いた自伝的作品「岡崎に捧ぐ」をウェブサイト「note」に掲載し、大きな話題になる。2015年より「ビッグコミックスペリオール」で「岡崎に捧ぐ」の連載を開始し、18年に同作は単行本5巻で完結。現在「この町ではひとり」(ビッグコミックスペリオール)、「無慈悲な8bit」(週刊ファミ通)を連載中。
著者は、日常の出来事の中から事件・トラブル・厄介事絡みのエピソードを選んでいるわけだが、なぜ「厄日」をテーマに漫画を描こうと思ったのか。「あとがき」にこう書いている。
著者は10代から漫画家になるまでの10年間、日々の厄災をブログに書き留めていた。20代は「とてもおかしな」リサイクルショップで働いており、社長はパチンコ通い、給与未払い、借金まみれの社員ばかり、皆が当たり前のように犯罪行為に手を染めるなど、日々驚きの連続だったという。そんな環境の中、仕事帰りにいつも「ブログに何を書こうか」と考えていたという。
「どこの誰が読んでいるのか、そもそも読まれているのかもわからない状況で、私は自分の身にどんな不幸が降りかかっても私のブログを読んだ人が1人でも笑ってくれるだけで、全ての苦労が帳消しになるような不思議な原動力を持って動いていたのです」
「不幸の吸収剤」になっていたブログを書かなくなって5年。漫画家となった今、完全に漫画がブログの代わりになったという。「今は漫画を読んだ人が1人でも笑ってくれたらどんな不幸も帳消しです」――。
タイトルに「厄日」とあり、読後感の暗い、重たい話を想像したが、その真逆だった。本書を読めば、愛嬌のある主人公・山本さんにハマるだろう。著者は見事に、自身の不幸を読者の笑いに転換している。
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