2020年6月30日は、香港の人々にとって「暗黒の日」として記憶されることになるかもしれない。香港での反体制的な活動を取り締まる「香港国家安全維持法」がこの日、中国で成立したからだ。
1997年、香港は英国から中国に返還された。その後、50年間は香港の政治や経済の仕組みは不変とされ、高度な自治が保証されることになった。「一国二制度」である。しかし、今回の「香港国家安全維持法」により、香港の将来に暗雲が垂れ込めてきた。
本書『香港と日本』(ちくま新書)を、こうした状況で読み終わり、一段と香港に対する愛着が湧いてきた。
本書の帯には、こう書いてある。
「香港とは何か。なぜ多くの香港人は自分のことを『中国人ではない』と言い切るのか。2014年雨傘運動、さらに2019年のデモの原因は何であろうか。それらの問題に対し、...新聞記事、評論、専門書はすでに豊富な情報と分析を提供してきた。しかし香港は依然として、読み解くには難解な物語に違いない。......」
著者の銭俊華さんは、1992年香港生まれ。香港浸会大学卒業。現在、東京大学大学院総合文化研究科博士課程に在籍する大学院生である。学術論文と共著書はあるが、単独の著書はこれが初めてのようだ。
しかし、学術論文の水準を保ちながら、平易に香港の本質と日本との関係をわかりやすく叙述する様に感嘆した。「日本人のための香港入門」というキャッチはあながち嘘ではない。
2部構成で複数の章から成る。以下の通りだ。
第Ⅰ部 「準都市国家」香港 第1章 香港とは何か――「準都市国家」を旅する 第2章 香港の主体性――国籍・「中国」・日本 第3章 二〇一九年の香港――運動と分裂 第Ⅱ部 香港と「日本」 第4章 香港と日本アニメ――表象・記憶・言説 第5章 日本イメージの変容とアイデンティティ 第6章 戦争の記憶と「中国民族意識」 第7章 戦争の忘却・想起・香港アイデンティティ
まず、著者は香港を「国」であると規定する。しかし、それは主権国家ではなく、「準都市国家」である、とする。ここには「故郷」「都市」「地方」という意味が含まれるという。
とは言え、難しい話から始まる訳ではないから安心だ。日本から飛行機で、香港に飛ぶという場面からスタートする。ここで、パスポートやビザフリーのこと、機内映画、客室乗務員、入国審査のカウンター、中心部への交通手段と観光客気分で香港に到着する。その間に、香港の歴史、中国との関係、香港の人の言語と認識が深まる仕組みになっている。
そして第3章。2019年の民主化運動について詳しい解説が始まる。デモで聞かれた言葉の小辞典という記述がある。たとえば、「割席」。これは絶交、仲間割れを指す。2014年の雨傘運動では、デモ参加者は互いに疑ったり、「鬼」(スパイ)だと指をさされたりする光景がしばしば見られた。その経験を踏まえ、「不割席」が、2019年のスローガンとなった。
日本人にとっては第Ⅱ部の方がなじみやすいかもしれない。『ドラえもん』『進撃の巨人』といった日本のアニメと香港の政治運動との意外なつながりなどが書かれている。
第二次大戦中、日本軍が香港を占領したことを知る人は、もう少ないかもしれない。だが、日本軍国主義への記憶は今も残っており、「反日」意識が消えることはないという。一方で、「反日」意識が時代とともに変容したとも。かなりのページを割いて、この点を記述している。
日本人にとっては、お気楽で手近な観光地かもしれないが、香港人の底流にある、日本への複雑な意識と感情を知り、襟を正したいと思った。それとともに、香港がいつまでも香港であってほしい、と願わずにはおれなかった。
香港については、かなりの事情通と自認していた評者だが、蒙を啓かれた思いがする。
BOOKウォッチでは、香港と日本の経済水準を比較した『貧乏国ニッポン――ますます転落する国でどう生きるか』(幻冬舎新書)、香港の民主化運動をフォローした『香港デモ戦記』 (集英社新書)など、香港関連書を多数紹介済みだ。
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