新型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備計画が突然停止になった。どうしてこの計画が急浮上し、強引に推進したものの、結局、見直しを迫られることになったのか。本書『兵器を買わされる日本』 (文春新書)を読んで理解できた。要するに「イージス・アショア」は米国から「兵器」を買うための便法だったのだ。一見複雑に見える話も別な角度から光を当てると極めてわかりやすくなることがあるが、本書はその一例といえる。
日米関係、日米安保体制、防衛問題・・・何やら高尚な話のように思えるが、一皮めくると、「カネ」の話であり、とんでもない額の国民の税金が、大盤振る舞いで使われているのだという。本書は2018年10月から東京新聞が随時連載してきたキャンペーン記事「税を追う」で報じた内容にさらに取材を加え、社会部の取材班が書き下ろしたものだ。キャンペーンは19年の日本ジャーナリスト会議(JCJ)大賞を受賞した。
本書は以下の5章構成になっている。
第1章 自衛隊を席巻する米国兵器~トランプ大統領の兵器ディール 第2章 アメリカ絶対優位の兵器取引~対外有償軍事援助 第3章 降って湧いた導入計画~ミサイル防衛のイージス・アショア 第4章 実は火の車の防衛費~米国兵器爆買いのツケ 第5章 聖域化する防衛費~兵器輸入拡大で禁じ手連発
本書からいくつかのデータを紹介しよう。
「2017年度に防衛省が装備品を購入した相手」という一覧表が掲載されている。トップは「米国政府」で金額は3807億円。2位は三菱重工業で2457億円。3位川崎重工業1735億円、4位NEC1177億円、5位三菱電機957億円。
「米国政府」はもともとトップではなかった。少しさかのぼると、12年度はトップが三菱重工の2403億円で、「米国政府」は4位で1332億円だった。それが13年度は2位、14年度は3位。15年度になってトップに躍り出て、16年度、17年度と3年連続でトップを続けている。
理由は14~18年度の中期防に基づき、1機100億円前後もするF35A戦闘機28機や、輸送機「オスプレイ」17機など米国から積極的に新鋭兵器を購入するようになったからだ。
米国製兵器取引には二つの方法がある。商社を経由した取引と、対外有償軍事援助(FMS)と呼ばれる米政府を窓口にした政府間取引だ。上記のデータで「米国政府」というのは、後者のことだ。「援助」という翻訳が定着しているが、実態は売買。軍事機密性の高い兵器の輸入だ。米側が価格や納期を決める。
ここ数年の日本による「米国政府」からの兵器購入は世界の中でも際立つという。米国でFMSを所管している国防安全保障協力庁は年度ごとの各国のFMS調達額を公表している。それによると、2010年度に日本は世界13位だったが、12年度は8位、13年度以降は6位、5位、4位、3位と毎年上昇している。17年度も3位。調達額は、10年度の8倍近くに膨らんでいる。「爆買い」ぶりがよくわかる。
ちなみに17年度の1位はカタール、2位はサウジアラビア。4位がイスラエル、5位がイラク。日本を除く4国はいずれも紛争や衝突が絶えない中東諸国だ。
19年度の日本のFMSによる輸入額はさらに増えて7013億円だという。そこには「地上配備型ミサイル迎撃システム(イージス・アショア)」2基1757億円、「早期警戒機E2D」9機1940億円、「ステルス戦闘機F35A」6機681億円などの取得費が含まれている。実際に19年度に支払うのは416億円で、残りの6597億円の支払いは20年度以降だという。
NHK「政治マガジン」の2020年6月24日の報道「イージス・アショア配備停止 極秘決定はなぜ?」によると、「イージス・アショア」は建造に約4500億円の巨費が見込まれ、すでにアメリカ側と1800億円の購入契約を締結。約200億円の支払いは済ませている。ところが、配備計画停止――河野太郎防衛大臣は、「回収できない『サンクコスト』(=戻ってこない費用のこと)は決して安くなく、責任を痛切に感じている」と述べ、防衛省は、契約した金額の支払いを減額できないかなどを今後、アメリカ側と交渉することにしているという。コロナ禍の陰に隠れているが、大変な話だ。
ではなぜ日本は米国から兵器をバンバン買っているのか。もちろん直接的には、中国や北朝鮮の「脅威」が増大しているという認識があるからだろう。加えて、明らかなのは、安倍政権での急増ぶりだ。特に19年度の数字からもわかるように、トランプ政権になってからの増え方がすさまじい。
周知のように安倍政権は、集団的自衛権の容認に転じ、安全保障法制を成立させた。防衛費は5年連続で過去最高を更新し続ける。一方のトランプ政権は、20年の大統領選勝利が至上命題。日本との貿易交渉で大きな成果をあげ、国内向けにアピールしたい。そこで常に「切り札」としてちらつかせるのが、日本車に対する関税引き上げだ。
たとえば、18年5月、米商務省は自動車や自動車部品に追加関税を課すかどうか、調査を開始したと発表した。米ウォールストリート紙は、自動車にかける関税を2.5%から最大25%に引き上げる案があると報じた。日本は米国に約170万台の四輪車を輸出、自動車と関連部品の出荷額は米国への輸出の約4割を占めている。
「バイ・アメリカン!」(アメリカ製品を買う)を主張し、しばしば日本を揺さぶるトランプ政権。本書では経産省幹部のコメントが掲載されている。
「トランプ政権が自動車関税の引き上げもあり得ると打ち出して以降、『自動車の関税を引き上げさせない』は安倍政権の至上命令となった。6兆4500億円の貿易格差を是正するため、兵器購入を含めて米国にアピールするのはマスト(必須)だ」
従来、防衛装備の拡充は防衛省側からの要求に基づいて判断されてきた。ところが、安倍政権ではそうではないという。官邸や国家安全保障局(NSS)主導になっている。まだ検討段階の話に、「いきなり予算に入る」ので防衛省側が仰天することもあるという。
本書では、「第3章」で「降って湧いた導入計画~ミサイル防衛のイージス・アショア」について詳述している。「降って湧いた」という言葉に象徴されるように、「導入の経緯や必要性、レーダー選定の不透明さなどの問題は、これまでの国会審議でも十分に明らかになっていない」というのだ。
計画断念に至った大きな理由は、「ブースター問題」だ。迎撃ミサイルを発射した際に切り離す「ブースター」と呼ばれる推進補助装置が、安全な場所に落下すると確約できなかった。地元住民に不安感を与えないようにするには、ミサイル本体も含めた改良が必要で、約10年、2000億円がかかることがわかったという。先のNHKの報道によれば、河野防衛大臣は「投資に見合いません。プロセスを止めざるを得ません」と安倍首相に報告したという。
朝日新聞は、6月24日の記事で「(導入を)撤回すればバイ・アメリカン(米国製品を買おう)を掲げるトランプ大統領の怒りを買う恐れもある」ということを指摘しつつ、河野――安倍のやり取りを再現する。
「『河野さんも外務大臣やったんだから、状況は分かってるよね?』。首相は河野氏が口にした問題の大きさを示すように念押しし、今後の対応については明言しなかった」
要するに、このシステムは技術的に未完成だったということになる。にもかかわらず導入を焦った。その理由は明らかだろう。結果として、巨額の前払いと未払いが残っている。
そもそも防衛関係者の間では前々から、「イージス・アショア」は予想以上にカネがかかるのではないか、という懸念があったようだ。本書でも、「維持・運用費も含めたら、総額1兆円近くになるのではないか」という国内大手重工メーカー幹部の声が掲載されている。
最後に本書でいちばん印象に残った言葉を記しておこう。
「安倍首相ほどトランプ大統領にこびへつらうことに心血を注いできた指導者はおそらく世界中を探してもいないだろう」(米紙ワシントン・ポストより)
安倍首相は常々、トランプ大統領との親密さを強調しているが、「武器購入の拡大」という形で、途方もない額の具体的な対価を米国に提供しているということが、本書を通してよく理解できた。「兵器購入」という切り口から安倍政権の本質に迫った力作といえる。
東京新聞といえば、著書『新聞記者』(角川新書)で知られる望月衣塑子記者が有名だが、本書の取材班にも入っている。過去に望月さんは『武器輸出と日本企業』(角川新書)も出版している。
BOOKウォッチでは関連で、『イージス・アショアを追う』(秋田魁新報社)を紹介済みだ。新聞協会賞を受賞した地元紙による精力的な報道をもとに舞台裏を報告している。このほか『サイバー完全兵器』(朝日新聞出版)、『サイバー戦争の今』 (ベスト新書)、『ドローン情報戦――アメリカ特殊部隊の無人機戦略最前線』(原書房)、『AI兵器と未来社会――キラーロボットの正体』 (朝日新書)、『「日米合同委員会」の研究』(創元社)、『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社)、『核武装と知識人――内閣調査室でつくられた非核政策』(勁草書房)、『アメリカはなぜ戦争に負け続けたのか』(中央公論新社)、沖縄密約事件の当事者による『記者と国家』(岩波書店)なども紹介している。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?