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新聞協会賞のスクープは地元記者が分度器で発見した!

イージス・アショアを追う

 2019年度の日本新聞協会賞は、秋田魁新報社の「イージス・アショア配備問題を巡る『適地調査、データずさん』のスクープなど一連の報道」に与えられた。読売新聞や朝日新聞など全国紙のスクープに競り勝っての受賞だった。連載など企画部門で地方紙が受賞することは珍しくないが、ニュース部門のスクープでの受賞はきわめて珍しい。本書『イージス・アショアを追う』(秋田魁新報社)は、その舞台裏を紹介した本だ。

イージス・アショアの配備候補地のずさんな調査

 魁は「さきがけ」と読む。秋田魁新報社は、昨年(2019年)創刊145年を迎えた歴史ある秋田県の地方紙だ。2017年11月に、秋田と山口がイージス・アショアの配備候補地に浮上して以来、「なぜ秋田が候補地に選ばれたのか」「イージス・アショアはそもそも必要なのか」「危険性はないのか」などの疑問に答えるため、精力的な取材と報道を展開してきた。

 日本新聞協会の選考理由は以下の通りだ。

 「秋田魁新報社は、ミサイル迎撃システム『イージス・アショア』の配備候補地選定を巡る防衛省の調査報告書に事実と異なるデータが記載されていることを、2019年6月5日付1面で特報した。調査書を丹念に読み込む中で浮かんだ地形断面図への疑問から、独自調査を重ねて事実を明らかにし、防衛省の配備計画のずさんさを暴いた。この特報により、防衛省が調査の誤りを認め大臣が謝罪するとともに配備候補地の再調査にもつながった。地元新聞社が国家の安全保障問題に真正面から向き合い、1年余りの多角的な取材・報道の蓄積をもとに、政府のずさんな計画を明るみに出した特報は、優れた調査報道として高く評価され、新聞協会賞に値する」

「後追い」から始まったスクープ

 このスクープは、読売新聞の記事の「後追い」から始まった。2017年11月11日付同紙2面に「陸上イージス、秋田・山口に 政府調整、陸自が運用へ」という記事が載った。秋田魁は、地元の不安の声などを交えた記事を翌日掲載した。未知の安全保障問題への取材が、このときから始まった。

 同じく候補地になっている山口県のむつみ演習場周辺を現地ルポした。行ってみると、そこは萩市の山林だった。秋田の新屋演習場は、市街地に隣接し、まわりを住宅地や学校に囲まれている。まったく周辺の環境が違っていた。「こんなに生活圏に近くて大丈夫なのか」という疑問を紙面化した。

東欧に現地取材

 地元の政治家や行政のトップが態度を明らかにしない中、地元の報道機関として考えを明確にしたのが、2018年7月16日1面に掲載した小笠原直樹社長(当時)による一文だ。

 「悔いを千載に残すことになりはしないか」に始まり、「地上イージスを配備する明確な理由、必要性が私には見えない。兵器に託す未来を子どもたちに残すわけにはいかない」で結ぶ、反対の立場を表明する「社長論文」だった。

 地上イージスが実際に配備されているルーマニアとポーランドの米軍基地にも取材に飛んだ。ポーランド出身で現在、秋田県大仙市でソーセージなどの食肉加工業を営む男性が、ポーランドには同行した。そこで見えたのは、人里離れた広大な敷地の中に、3重構造で厳重な警備が敷かれている基地の姿だった(2018年9月26日から10月7日付に掲載された「配備地を歩く ルポ・東欧の地上イージス」)。

朝日からの「出戻り記者」が活躍

 取材班には松川敦志・社会地域報道部編集委員(取材班代表)も加わった。松川編集委員は、1996年に入社し、6年余り勤務した後に退社して朝日新聞社に転職。東京社会部や那覇総局に勤務した後、2016年に実家の両親の事情で秋田に戻ることになり、秋田魁に再入社した「出戻り記者」である。ツキノワグマの大量出没による被害などを秋田では取材していた。

 米軍基地の問題を那覇で取材した経験が生きた。2019年5月に防衛省から「適地調査」の報告書が公表されると、松川編集委員が中心となり、徹底的に資料を読み込んだ。米国を中心とする弾道ミサイル防衛網の強化という側面で秋田への立地が決まったとするなら、つじつま合わせのほころびは、どこかに潜んでいるはずだと。

 6月3日、断面図にそのほころびを発見した。男鹿市にある国有地に関し、標高700メートル余りの「本山」を見上げた仰角を「15度」と記した箇所だ。他の候補地の図と比べてもデフォルメしているのが明らかだった。分度器をあてると15度だったが、三角関数で計算すると4度。翌日に専門業者を同行し、測量してもらうと、やはり4度だった。そして、6月5日付で、「適地調査、データずさん」と特報した。

 この報道を全国紙は、「秋田魁新報の報道」と社名を明らかにして、後追いした。ニュースは全国区になった。

 その後の参院選では、地上イージス反対を訴える野党統一候補の無所属新人が、自民現職を退け、民意をはっきりと示した。

 いまだに候補地の帰趨は決まっていない。しかし、地元の政治家や行政トップにも「新屋演習場にイージス・アショア」という空気はもうない。分度器から見つかったスクープが社会を動かした。

 巻末には、100ページ近く、4つの連載「秋田と山口」「レーダーの現場から」「配備地を歩く ルポ・東欧の地上イージス」「盾は何を守るのか」が収められており、全国の読者にとっても理解を深める資料になるだろう。

【追記】 2020年、第68回菊池寛賞に「秋田魁新報社イージス・アショア取材班」などが選ばれた。
  • 書名 イージス・アショアを追う
  • 監修・編集・著者名秋田魁新報取材班 編著
  • 出版社名秋田魁新報社
  • 出版年月日2019年12月21日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数A5判・297ページ
  • ISBN9784870204102
 

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